第34話 愛花と真奈美3

 寝る支度を済ませ、早めにベッドに入ったが、なかなか寝付けない。


 暑くて寝苦しい夜だ。目をつぶっていても、睡魔はその影も見せず、代わりに楽しかったリコちゃんと遊んだ時の事が浮かんでくる、


 悩んだけど、やっぱり私から連絡して良かった。あの時、送信するまでに何時間かかっただろうか。


 〈真奈美です。もしよかったら、一緒に行ってくれませんか? 週末に……〉


 ドキドキしながらLINEの送信ボタンを押したんだった。IDを聞かれたのは単純に嬉しかった。それから、私には交換する相手などいなかったのと、もしかしたら、リコちゃんと昔のように仲良くなれるかもしれないという儚い願いが送信ボタンを押す人指し指を後押しした。


 でも、愛花と名乗ることはできなかった。画面の上に指を滑らせて、あ・い……までは打てる。でも、最後の一文字を入力しようとすると、急激にブレーキがかかった。私はもう、完全に真奈美になりつつあるのかもしれない。


 それに、リコちゃんがわざわざIDを聞いてきたのは、私が真奈美だったからかも知れないとも思っていた。もし、私が愛花だとわかってしまったら、私への関心は薄れてしまうのではないかと恐れた。


 それでも、リコちゃんは、私と本当に友達になってくれたように自然に接してくれた。一緒に行ったライブも、スカイツリーも本当に楽しかった。


 きっかけは、柊君から間違いLINEが入ってきて、流れでライブに行こうと言う話になったからだった。


〈おはよう! 今度のライブは池袋に決まったから、みんなに連絡しておいて下さい〉


 知らない人から、何の事だか分からないメッセージがきた。無視しようかと思ったけど、に私が連絡しないと誰も知らないままになってしまうかもしれないと心配になって、間違いであることだけは伝えようと思った。


〈送る相手を間違えていませんか?〉


〈あ! ゴメンなさい、間違えました。すみません、ついでですけど、良かったらライブに来ませんか?〉


 そんな変な始まりだった。


 私は閉塞感から抜け出したかった気持ちと、これを理由にしてリコちゃんに会えないかと考えた。


 そうして私は東京に二人のお友達が出来た。間違いLINEを送ってきた人とリコちゃんが知り合いだったことは偶然とは思えなかったけれど、そんなこと、どうでもよかった。それにも増して、リコちゃんに会えたことが嬉しかった。


 正直言って、私自身が、自分がこんなにも、無邪気に可愛らしくはしゃいで、遊びに没頭する、ただの女子高生のように振る舞えることが以外だった。


 本当に、夢のような、子供の頃に戻れたような、楽しい時間だった。


 ただ、その時間も偽りに覆われている。私は真奈美のままだし、リコちゃんは、私の深いところへは入ってこようとしない。いつも、確信に触れそうな部分をさっと回避してしまう。


 私はもう、全部、ぶちまけてしまいたかった。それと、同時に、この時間が終わってしまうことを、どうしようもなく恐れていた。


 そして、お母さんを失うことを恐れた。


 私が愛花に戻ってしまったら、お母さんは私を娘だと思ってくれるだろうか。この思いは、お母さんが電話している話を立ち聞きしてしまった時に確信に変わった。


――あなたが本物の真奈美なの?


 お母さんは、電話口で確かにそう言った。

が電話の向こう側にいるとしたら、私はになってしまう。


 母が電話を切ったあと、発信履歴を確認した。電話の相手はリコちゃんだった。


 リコちゃんは、私と入れ替わろうとしているのだろうか、それならそれでいい。もともと私がリコちゃんから奪ったものだ。そう言う皮肉屋な私がいる一方で、お母さんを失いたくないと泣きじゃくる、子供のような私もいた。


 私は、お父さんを二人亡くした。


 この上、二人目のお母さんを失ってしまって生きていける筈がない。


 その日から、お義母さんと二人の、永遠に続くお葬式のような日々に、リコちゃんがお母さんを奪いにやって来る恐怖と、リコちゃんに会えない寂しさが加わった。


 あれから、リコちゃんは連絡をしてこない。私からもしていない。


 息を殺して、止まない嵐を不安にさいなまれれながらやり過ごす日々を、私はどこまで耐えられるのだろう。


 わからない。何もわからない。

 

 私は誰なんだろう。


 なぜ、ここにいるんだろう。


 夜はただ更けていく。


 私を一人残して……。


〈らいん!〉


 久しぶりに着信が入ってビックリした。


 差出人は


――リコちゃんからだ。





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