ホンモノ探し
第19話 幸太
放課後の校舎は何か特別な気配を漂わせる。わたしは、学校が嫌いだけれど、人が少なくなっていく学校は嫌いではなかった。さっきの女も、さっさとどこかへ行ってしまった。
あまり、人が多いのは好きではない。特に、わたしの事を知っている人間が周りに多いと、とてもうざったらしく感じる。
あれ? なぜ、アイドルを目指しているんだっけ?
「リコ……どうしてここへ来たんだい?」
この男の子は、どうしてわたしを知っているんだろう。わたしのファンには見えない。動画を見て声をかけてきたにしては、何か……こう、何かが違う。とにかく、今までわたしに声をかけてきたファンやアンチは、目を輝かせていたり、あからさまに好奇の目をわたしに向けてきた。
この男の子のまなざしには、優しさが含まれているような気がした。目つきは鷹のように鋭いのに、優しさを感じるのはなぜだろう。
「あんた誰? リスナーじゃないんだね、なぜ、わたしを知っているの?」
「やっぱり覚えていないのか……俺は
「昔……わたしは過去には興味ないよ、小さいころに遊んだ相手なんて……」
「リコは昔から向こう見ずで、無鉄砲で……確かに、前しか見ていなかったかもな……じゃあ、あの時はどうだい? リコが熱中症で病院に運ばれた時――病院に俺も迎えに行ったんだぜ」
「熱中症?」
病院へ運ばれた事はうっすら覚えている。お母さんに抱きしめられて、『大丈夫? 大丈夫?』って……その後、病院へ運ばれて……それから先は霧がかかったように記憶がぼんやりしている。でも、沢山の人に心配をかけたって、なんだか、罪悪感の様なものが胸にこびりついていて、あまり思い出したい事でもない気がする。
「あの時、病院にいたの? 何をしに来たっていうの?」
「だから、心配してきたんだよ、俺が大人に内緒で抜け出したらダメだっていうのに、いつもリコは俺の言う事なんか聞きもしないで……それで、あんなに大変なことになって……」
「大変な事?」
そうだ、確かに大変だった、わたしはもの凄く気持ち悪くって、みんなにはすごく心配をかけて……みんなってだれだっけ? その中に、この男の子もいたんだっけ?
「あのまま、俺と一緒に小川でカエルを捕まえて遊んでいればよかったじゃないか、それなのに、急に思い立ったかのように、
「愛花……愛花は覚えてる。あの、女の子だね、一緒に遊んでいて、それで、わたしが熱中症になって……すごく心配してくれたんだよ、ずっとわたしの名前を読んで……『リコ! リコ!』ってずっと泣きながら呼んでた」
「覚えているじゃないか、よかった。俺は、愛花の弟の幸太だよ」
「幸太……あの、鼻水垂らしてた幸太か……え? あの幸太が、こんなに大きくなったの? わたしよりでかいじゃないか! うそだよ、あんなちっこい幸太がこんなにでっかくなるなんてありえない!」
「そういうこと言っているんじゃないんだよ、ずっと会っていないんだから、俺だってでかくもなるさ。十年ぐらい会っていないんだ、覚えていなくても当然だよ。俺だってリコの事、良く気が付いたもんだって、自分でびっくりしたぐらいさ」
「そうだよね……十年も……十年前……何であんたとカエル捕っていたのよ。わたし、カエル嫌いだよ」
わたしがカエルを捕って遊ぶなんて……やっぱり人違いな気がしてきた。アイドルの過去にカエルを捕って遊んでいたなんて事実があれば、それこそもみ消してしまわなければならないほどスクープだ。
「ガキ大将の言葉とは思えないな」
そう言うと、また優しく笑った。この表情はなんだか気にかかかる。懐かしい? この感覚、懐かしいって言うのかな?
<らいん!>
「あ、ヒイラギからだ……ちょっと、ちょっと待って……」
<真奈美さんについて、話したいことがある。リコと別れなければならなくなった理由も話したい。本当は黙っておくつもりだったんだけど>
なに? 黙っていたこと?
<いまさらききたくもないんだけど?>
<真奈美さんは本当は真奈美って名前じゃないんだ>
<そんなの、もう調べはついているんだよ。あんたはホントに役に立たないね>
<(ムカっときたスタンプ)>
<じゃあ、これは知ってるの? ホンモノはいないんだ>
<ホンモノはいない? 何を言っているの?>
ホンモノはわたしだ! 本当に心からヒイラギの事がむかついてたまらない。なぜ、こんな奴と付き合っていたんだろうか。
<ホンモノの真奈美さんは、もういない。十年以上前に亡くなっている>
亡くなっている?
何を言っているの? ホンモノは生きている、ここにちゃんと生きているじゃないか! 十年以上前にって……十年前?
<ホンモノの真奈美さんは、十年以上前に熱中症で亡くなっている>
あ、めまいがする……あの時と同じだ。熱中症で病院に運ばれたとき……。
くらくらする……本物の真奈美は熱中症で亡くなった……わたしはあの時、本当は死んでいたのか……まさか、そんなわけがあるはずが……。
「おい、おい! リコ! 大丈夫か? しっかり……」
わたしを呼ぶ声が遠くなる……あの時に、十年前のあの時に似ている。
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