第17話 わたし生存ルート

 思っていたのとは違う、ひっそりと静まり返る下町の裏通りを抜けて、うって変わって観光客がごった返すスカイツリーに、私とマナミは到着した。


 わたしは黙ったまま展望台へ向かった。人が多すぎて話すどころじゃなかったこともあるけれど、さっきマナミと話していた時に思わず言葉に出た『最高のわたしの場所が欲しい』という願望について、色々と考えてしまったからだった。


 そう、わたしには居場所がない。


 マナミに取って変わられて、母親と実家を失ってしまった。

 奪い返そうともがいているうちに、彼氏であり、バックバンドのギタリストでもあるヒイラギもマナミのもとへ去ってしまった。


 メジャーアイドルへの道も、中途半端なまま足踏みしているし、それどころか、イメージPVを撮る為に作った三百万の借金を支払う目処もついていない。


 高速エレベーターで耳がキンとなって我に返ると、マナミがわたしに可愛らしい笑顔を向けている。


 わたしの耳がキンとなったのに気付いたのだろう、にっこり微笑んだ後に、両手の人差し指を自分の耳に差し込んで、目を閉じ、思い切りしかめっつらをした。

 かと思えば、すぐにその、大きな黒目がちな瞳を更に大きく見開いて、口をパックリ開けておどけて見せた。


 その姿が、なんと可愛らしいことだろう。わたしは思わず微笑んでしまい、マナミも合わせて微笑んだ。


 わたしの一番の心配事はマナミを好きになり初めていることだ。


 何もかもを奪われて、居場所をなくしてしまったわたしに、唯一与えられた居場所が、奪った張本人である、マナミの隣だけになり初めている。


 いや、もうなっている。

 認めたくないだけだ。


 エレベーターを降りると展望台から、澄み渡る青空の下、関東平野が遠くまで広がって見えた。

 実家のある方向を眺めていると、隣にいたマナミが、ふうっとため息をついて「みんな元気かな?」と呟いた。


 みんな……みんなって誰だろう……。そうだ、マナミはわたしと違って高校にも通っているし、仲の良い同期生や、地元の友達だっているだろう。

 わたしなんかは、そんなつまらないこと、これっぽっちも覚えていないけれど、こんなに可愛らしいマナミには、きっと、沢山の友達がいるに違いない。


 そこまで考えてハッとした。友達って一体いつから? わたしに成り代わってからの友達しかいない筈がない。高校に入学してから知り合った人は、マナミがだったとしても、それ以前にも友人はいたはずた。

 

 見付けた。やっとマナミの正体を炙り出す為の糸口を掴んだ。


「――どうしてるかなって……友達とか?」


 自然に言えただろうか……。うわずっていなかっただろうか。わたしの胸はこれ以上無い程に高鳴っている。どうか、気がつかないで……わたしがあなたを探っていることに……。


「うん、高校とか、中学とか……近くても会いづらくなった人もいるしね」


 キタ! 中学の友人!? 会いづらい!?


「そ、そう……マナミは優しいから、きっと、人気者だろうね、会いづらいことなんかないよ、きっと、みんなマナミに会いたがっているよ……」


 今度は確実に声がうわずってしまった。もうだめだ、喉が乾く、体温が上がる、詰まり気味だった鼻に、急にスーっと息が通る、もう、ドキドキを抑えきれない。


「ふふふ、ありがとう。でもね、そうでもないのよ」


「中学って、高校から遠いの?」


 この質問の選択肢は正しかった? 誰か教えて欲しい……『わたし生存ルート』の選択肢はどれなの?


「中学? 近いよ。風月ふうげつ高校から、一番近いかも知れないな……シグ中だよ、時雨しぐれ中学校」


 掴んだ。


 マナミのほころんだ糸口を、やっとわたしは握りしめた。


 もう、離さない。


 絶対に……。


 絶対に。

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