ニセモノ探し

第2話 わたしわたし

「わたし……わたし、まなみなのよ! お母さん! ふざけないでよ!」


「あなた……誰なの? 若いのに、そんな詐欺の片棒を担ぐようなことはおやめなさい。そんな大金、おいそれと渡せるわけがないでしょう……切りますよ」



〈 (・д・)チッ ウチノオヤ アナドレナイ  〉


 と、ツイッターに書き込んで憂さ晴らしをしてみても、必要な三百万円が転がり込んでくるわけではない。


「もしもし? あのね、すぐに達成できると思ってたのよ。だって、前回の自前で作った『地下アイドルと呼ばないで』のプロモーションビデオだってすぐに一万再生超えたじゃない? 今度はちゃんとお金をかけて作ったから、三百万円ぐらいすぐに売りあがると思ってたの。ユーチューブのパートナー プログラムだけじゃなくって、CDの売り上げだって伸びると思ってたし……聞いてる? ヒイラギ! 聞いてるの?」


「聞いてるよ、リコ……でも、ちょっと脇が甘いんじゃない? 今度はちゃんと出向でむいて行ってお願いしてきなよ……お母さんに……家出して出て行ったきりなんだろ? ちゃんと謝んないと、門前払いだって当然さ」


「もう! 優等生みたいなこと言っちゃって! ただのギター馬鹿のくせに!」


「うるさいな! ギタリストがギター馬鹿でどこが悪い!」


「もういいよ!」


 そうやって電話を切ると、今日はベッドから一度もおりずにお昼になった。朝からずっとヒイラギに愚痴を聞いてもらっていたけれど、どうしてあんなに腹の立つことばかり言うのだろう。勢い任せに切ってしまった電話をちょっとだけ後悔しながら、わたしはしょうがなく昼食の準備をする。


「さて、今日のお昼はマーボー丼だ!」


 『昼食の準備』とちょっと上品に言ってみたけれど、コンビニ弁当をレンジで温めるだけだ。わたしは自炊はしない。しなくていいことはしなくていいんだって、ある人が言っていた。


「マーボー丼じゃテンション上がらないな……」


 一口目のマーボー丼は最高だった。でも、二口目を食べると、新鮮さは急激に失われて、私の心の中には、もう元気など残っていなかった。


 中学三年生の夏に家を飛び出して、そのまま丸一年、母親と顔を合わせていない。


 電話だって、今朝の『ワタシ、ワタシ、三百万カシテ』という詐欺まがいの電話一本だけだ。


 そりゃ、断られるとは思っていたけれど、なにも、あんなに邪険にすることはないのではないか? って思いつつも、当然だ……とも思っている。


 とにかく、悲しかった。私はただ、優しくされたかっただけなんだ。多分……。それとお金も少々いるけれど……。


〈 しょーがねーから、一回実家かえろーっと  〉


 ツイッターに呟いて、空になったマーボー丼の器をゴミ箱に投げ捨てる。フォロワーはずいぶん増えた。


 地下アイドルって人は呼ぶけれど、私の目標はアーティストなんだ! 今はインディーズアイドルなんだ! 地下とか暗いし湿気多そうだしやめて欲しい。


 わたしは、フリフリのピンクのコスチュームがたまらなく好きだ。


 たまたま秋葉原へ遊びに来た時に、何の違和感もなく街中を歩き回る地下アイドルの衣装に惚れ込んでしまい、初めはただ、その衣装が着てみたいというだけの理由でアイドルを目指した。


 リコって適当に作ったアカウントだったけれど、フォロワーがついちゃったので、そのまま芸名に使っている。ホントは『奥山まなみ』なんて、普通の名前だけれども、リコって響きいいじゃない? ってみんな思うはず。


 歯を磨いて、顔を洗って、白いオフショルを頭からかぶる。長くて痛んだ金髪が、レーシーな生地に絡む。イライラしながらやっとのことで袖を通し、デニムのミニスカートを履いた。ピンクのフリフリに憧れてアイドルになったが、普段着はうって変わって露出が多いというのはファンには内緒だ。


 こっちが本当のわたし……ピンクのフリフリは夢の世界の出来事だ。


 化粧が終われば、やっと表に出られる。気は進まないけれど、つくばエクスプレスで実家へ帰る事にした。足が重い、荷物も重い、気が重くて、ツケマも落ちそう。





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