第8話 全てを取り戻す日までに
「え? なにか言いました?」
「いえ……何にも……」
よかった、聞かれていなくって……「ホームなのに、アウェイ」なんて聞かれたら、わたしが誰だかばれてしまう……。
それにしても、この年になって熱中症で倒れるなんて思わなかった。一度だけ小さい頃に倒れたことがある。あの時は、お母さんに叱られるかと思って怖かったけれど、とても優しく抱き締めてくれた。
「大丈夫よ、大丈夫……」と何度も言って頭を撫でてくれた。今でもたまに
あの、お母さんの優しい手が触れるのは、今はこの女だなんて、どうやっても受け入れられない。私が何を考えてあなたを見ているかなんて、その、くりっとした二重瞼で黒目がちな瞳には、絶対に映らないでしょうね。
この前、警察を呼ばれた時、目があった気がしたけれど、どうやら、気のせいだったようだ、全く気がついていない……よかった。どうにかこのまま、この女に気が付かれない様に色々と聞き出して、正体を探ってやろう……とは言え、何から聞けばいいのだろうか。『私はあなたが成り済ましている本人です』なんて事は、まだ言わない方がいいかな、毒を盛られるかもしれないし……。
「あの……ありがとう」
私は結局、何も思い付かなかったので、絞り出すようにお礼の言葉を吐いた。例え敵であろうと、助けてもらったことには変わりない。今日のところは……。
「いいえ、気にしないでね、困ったときはお互い様って言うし……」
「あの……今度お礼がしたいので、LINEとか、連絡先を教えてもらえませんか?」
我ながら、咄嗟にしてはいい思い付きだと思う。この場では何も思いつかないけれど、後で、ちょいちょいと不審に思われない程度に聞き出していけばいい。
「えっ……」
「あ、嫌だった? だったらいいの、気にしないで下さい」
「え、いや、違うんです……私、そういうの慣れてないだけで……嬉しいです! こちらからも連絡していいですか?」
なんだか、とても嬉しそうにしている。ちょっと調子が狂うな……いやいや、相手は敵だ、油断するな。なんと言っても、私を演じて居場所を奪った女だ。このぐらいは、お手のものだろう。
しばらく、当たり障りのない会話をして、今日のところは大人しく引き下がった。
でも、また、必ず戻ってくる。
いつか全てを取り戻す、その日まで。
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