第20話 懐かしさ
◇
「……じゃあさ、今度はザリガニ捕ろうよ、カエルはもう、十ぴきも捕ったよ、すごいね!」
「十ぴきぐらいで満足するなんて、幸太はまだ子供ね」
「そりゃ、子供だよ、まだ、幼稚園生なんだよ、自分だって幼稚園生なのに……」
「うるさいよ! 私はもうすぐ小学生になるんだからね! 一緒にしないで!」
「もう、すぐにおこるんだから……」
(ああ、これは夢か……子供の頃の記憶なんて残っていないと思っていた。夢の中にはいたんだね、幸太……忘れててごめん)
「でも、カエルはもう飽きたね、でも、ザリガニも別にいいかな……この前沢山捕ったし……もうぜつめつしたかもよ」
「えー! ぜつめつしたの!? そしたら困るよ僕……ザリガニ捕るの好きなのに……」
「あはは! 幸太は面白いね! あ、愛花だ! あーいーかー!」
「おねーちゃーん!」
「あっ! また二人で小川で遊んでる! また怒られちゃうよぉ」
「そうだ、愛花、これから冒険に行こうよ」
「えー! やだよ、愛花は怒られるのイヤだよ」
「いひひ、そんなこと言っていつもついてくるくせにー」
「……どこに行くの?」
「にしし……なんと、お母さんに会いに行くんだよ!」
「えー! お母さんに?」
「よし、早速しゅっぱつだ! 幸太! 今度は絶対に内緒だからね、じゃないと、次はカエルもぜつめつさせるよ!」
「だめだよーおこらりちゃうよー」
(これは本当にあったことかな? なんだか変な感覚だ、胸が熱くなるような、涙が出てきそうな、自然と顔がほころんでくる。もしかしたら、これは懐かしいという感覚なのかもしれない)
「さてと……とりあえず、無事だっしゅつ成功! 愛花、大丈夫?」
「うん……あ、水筒忘れて来ちゃった。お出掛けするときには、帽子と水筒を忘れないようにって……」
「これは、お出掛けじゃなくて、冒険だから、いいの! これからどんなこんなんがまちかまえているかもわからない……ワレワレハ……何だっけ?」
「……われわれは冒険のだびじへとふみだした……だよ」
「そう、それそれ、だから大丈夫なの!」
「そうかなぁ」
(冒険って子供心をくすぐるよね、よくテレビでみたのを真似して冒険してたな……でも、今も冒険みたいなもんよね、一人で飛び出して、アイドル目指してるなんて……大冒険だわ)
「暑いね、太陽ってすごいね、お空に浮かんでるだけなのに、こんなにたくさんビームを出してくるんだもんね、ちょっと曇ればいいのに」
「あれ? あそこにいるの、かおりちゃんじゃない? ほら、コンビニに車とめてるよ……おーい! かおりちゃん!」
「だめー! だめだめだめー! あれは、きっと、追っ手だよ! 私達を捕まえに来たんだよ! 逃げよう!」
(こんなに暑い中走ったら、そりゃ熱中症にもなるよね)
「はぁ! はぁはぁ、逃げ切ったかな? 愛花? 愛花大丈夫? もしかして、ゼコゼコなっちゃった?」
「うん……ちょっとだけ……」
「ごめんね愛花、ここで休んで行こうね」
「でも、帰るの遅くなっちゃうよ、早く行こう!」
「ダメだよ、愛花は無理しちゃダメなんだから」
「暑いね」
「暑いね」
(そうだ、休んだ場所が悪かった、ちゃんと日陰で休めばよかったのに、真夏の太陽と池の照り返しが眩しい公園のベンチで、私はそのまま眠り込んでしまった)
「あ……いか……」
(気が付いたときには、凄く気持ち悪くて、動くことができなくなっていた。目を開けると、全部が緑色に染まっていて、見える範囲が狭くなった様な気がした。幼心に、このまま死んでしまうのかも知れないと心細かった。愛花は周りにはいないようだ)
(わたしは、この時死んでしまったのかも知れない。この後に起こる事は、もしかしたら、わたしの願望だったんじゃないだろうか)
「あ! あんなところに!」
(誰かが駆け寄ってきた。夢なのに真っ暗で何も見えない。夢の中で夢を見ている様だ)
「大丈夫? 大丈夫? ほら、お水を飲みなさい」
(抱き締められた。お母さんの声だ。辛いことや悲しいことがあった時、何度も繰り返し思い出した、わたしの唯一の思い出だ。でも、初めてだ、抱き締められた感触まで伝わってくる。できることならば、この幸せな気持ちのまま、消えてなくなってしまいたい)
「大丈夫? 大丈夫? ああ、まなみ……死なないで、お母さんをもう置いていかないで……帰ってきて! まなみ!」
(お母さん、泣かないで、私はとっても幸せなんだよ、このまま消えてしまうまで、ずっと抱き締めていて……)
「リコ! リコ! 起きて! リコ!」
(愛花だ、戻ってきてくれたんだね、お花のように愛らしい愛花の笑顔が浮かぶ……。でもね、私はリコじゃないよ、まなみなんだよ……)
「リコ! リコ! そろそろ起きろよ」
――唐突に呼び戻された。わたしはあのまま消えてしまう筈だったのに……。
「もう、暗くなるから、高校の保健室はもう店じまいだ。そろそろ起きなよ」
「幸太……ザリガニぜつめつしてないよ」
「ふっ、思い出したのかい?」
わたしはあの靴箱の前で倒れてしまったらしい。幸太がここまで運んでくれたのかな?
「悪いけど、勝手に電話に出たよ、彼氏から電話がかかってきてさ……迎えに来るってよ、そろそろじゃないかな?」
彼氏? ヒイラギの事か、彼氏じゃないけど、わさわざ幸太に説明するのは煩わしい。
「ありがと」
その後、ヒイラギが来るまで寝たふりをしていた。涙でびちょびちょになっている訳を幸太に説明するのが何だか嫌だったから……。
幸太も何も聞かずに、ただ、ベッドの横に座っていた。
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