第4話 わたしじゃないわたし

 やっと実家に着いた。駅からタクシーで来ちゃった。だって、暑かったから……でも、痛い出費だな……。


 お金はないけど、きっとすぐに稼げるようになる。その前に三百万円はレーベルにプロモーションビデオ代を払わないといけないんだけど、きっと大丈夫だ。


 だって、代表が言ってたもん『君は十年、いや、百年に一人の逸材だ! うちのレーベルで仮契約してプロモーションビデオを作ればきっとスターダムにのしあがるぞ!』ってね。


「さてと……」


 久しぶりだから、インターフォンのボタンを押した。思えば実家のインターフォンを使うのなんて初めてだ。


 実家は住宅地の真ん中で、この時間は人通りもなく、とても静かだ。通り沿いの小さな鉄の門扉を開けて、玄関までコンクリートの階段を三段上がれば玄関は目の前だ。


 緊張してきた。だって久しぶりだから……。


――ガチャ


 ドアが開いた。お母さんだ。なんだか凄く老けた気がする。多分、家を出てしまってから、お母さんの顔をユーチューブの動画でしか見ていないからだろう。動画で若い頃のお母さんの姿ばかり見ていたからだ。


 昔、家にテレビの撮影が来た事がある。その時の動画が上がっているのを見つけたんだ。ペット紹介の番組で、ほとんど猫のコタローしか映っていないけれど、お母さんは少しだけ登場する。


 コタローが立ち上がって、バレーダンサーの様にクルリと一回転……するはずが、なかなかしないので、お母さんが一生懸命に、コタローの目の前に人差し指を差し出して、必死にグルグルまわしていた様子がおかしくて採用されたんだ。小さい頃の私はかろうじて見切れる程度に映っていた。


 動画よりもちょっと老けたお母さんの顔は、かえって愛おしいような気がする。わたしがいなくなって寂しかったのかな? 辛かったかな? 今度は、とても申し訳ない気持ちが込みあがってきた。


 リアルなお母さんを目の前にして、なかなか言葉が出てこない。何て言えばいいんだろう……。ただいま! かな? 元気にしてた? かな?


 わたしが言い淀んでいると、お母さんの方が先に口を開いた。


「あの……どちら様ですか?」


「え?」


 一瞬、頭の中が真っ白になったが、お陰で自然と言葉が出てきた。


「もう! わたしよ、わたし! まなみよ! また、電話の時みたいにとぼけて……わかったわよ、謝るよ、ごめんね、最初に言わないで。もうそろそろ許してくれてもいいんじゃない? せっかく娘が久しぶりに帰ってきたんだからさ!」


 ちょっと、マジ、勘弁してほしい。こんなにしつこい人だったかな!


「そんな金髪、私の娘じゃありません!」


「まだそんなこと言ってるの? いい加減にしてよ、うんざりだよ、この前の電話の続きをしているつもり?」


「あ……あなた、この前の電話の人ね! どうやってうちを調べたの? 怖い怖い。もう警察を呼びますから!」


「警察って……もう、やめて! わたしよ! まなみなのよ!」


「真奈美なら、うちにいます! いい加減にするのはそっちでしょ?」


 また、苦し紛れに適当な嘘をついて……もう子供じゃないんだから、そんなことではひるまないから――と思った時、お母さんの後ろから声がした。


「どうしたの? お母さん」


 誰だ? こいつ……。


 わたしの実家に、いるはずのない誰か……。


 わたしのお母さんを『お母さん』と呼ぶ誰か。

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