第18話 真奈美になる前の名前

 わたしは時雨しぐれ中学校の校門を出たり入ったり、もう、五度は繰り返している。


 元々、学校は好きではないし、わたしが知らない中学校だし……しかし、今、わたしが持っている手掛かりは、マナミが通ったこの中学校と、今、通っている高校しかない。


 時雨中学校の校舎は建て替え中のようで、外からみると、学校というより工事現場と言う方がしっくり来る。もう少し美意識を使って欲しい。


 工事関係者の車両に邪険に扱われて、隅に追いやられる、どんどんやる気がなくなっていく。


 高校へ行った方が、マナミの情報を得やすいだろう。ただ、マナミ自身に見付かってしまうのはよろしくない。まだ、彼女の身辺を探っていることは気が付かれたくない。


 中学校でならば、誰にも知られずに、痕跡を見付けることが出来るかもしれないと考えての事だったけれど、ここまで来て、例え中学校の中に入れても、何も見付かる筈がないと思うようになってしまった。


 なんとも、情けない。無いなら無いで、『無かった』という結果が出せるのに、尻込みして体がついていかない。


 そうして、六回目に校門に入った時だった。わたしを見つめる男子生徒と目があった。中学生にしては背が高く、大人びて見える。そして、眼光鋭く、わたしを見ている。


(不審者――と、思われてる?)


 どう見ても不審だ。不審者以外の何に見えるだろうか、わたしは慌てて引き返した。


 できるだけ自然に……そおっと学校から遠ざかる……何事も無かったように……息を殺して、存在を消して……。


 百メートル程歩いて、喫茶店の角を曲がったところで立ち止まり、休憩した。ゆっくり歩いたのに、動悸がひどい。


 わたしは、今来た道を覗いて見た。さっきの生徒は、怪しまないでくれただろうか――誰もいない……わたしは胸を撫で下ろして、順当に、在学中の高校へ向かうことにした。時雨中学校から、ぼど近い、風月ふうげつ高校だ。

 

 歩いて十分程だろうか、下校する高校生達に逆行しながら高校を目指す。この学生の列を辿って行けば、もう数分で到着すると思う。


 出来ればマナミには会いたくないので、列の後ろの、遠くの方へ気を配る。同じ服を着た、同じ様な顔がだらだらと流れて行くのを見るのは気分の良いものじゃない。工場で生産されているお菓子なら、もっと整然と流れて行くことだろう。


 しかし、その中に一際ひときわ輝く少女を見付けた。


 マナミだ。


 一人でうつむきがちに歩く彼女の美貌は群を抜いていた。ただ、違和感がある。彼女はもっと、沢山の友達に囲まれて、幸せそうに微笑んでいるものだと思っていた。


 なぜ、そうではないのか。


 私は、道沿いにある、公園の生け垣に身を隠して、マナミをやり過ごした。明るいグレーを基調にしたブレザーが良く似合っている。しかし、その表情はこれまでみたことがない程に暗く沈んでいた。


 今日は、たまたま嫌なことがあったのか、それとも……。


 マナミの姿が見えなくなってから、わたしは高校までの道を急いだ。


 風月高校に着くと、わたしは、ずかずかと校舎まで入って行き、一年生の靴箱を見付けた。中学校には、なかなか入れなかったのに、高校にはすんなり入れたのはなぜだろうか、もしかしたら、沈んだマナミの姿を見てしまったからかもしれない。


 いつも可愛らしい笑顔を見せるマナミを苦しめるものが、この学校にあるとするならば、それを見つけて消してしまいたい。マナミは、わたしの敵だけれど、わたし以外の人間が彼女を苦しめるのは我慢がならない。それは、わたしでなくてはダメなんだ。


「奥山真奈美――」


 見付けた。一年A組の三番目だったので、すぐに見つかった。彼女の上履きは可愛らしい彼女に似つかわしなく汚れている。


「あんた、奥山真奈美の知り合い? じゃまなんだけど?」


 後ろから声を掛けられ、驚いて振り向くと、マナミと同じ制服を着た女がいた。恐らく、マナミのクラスメートなのだろう。わたしは靴箱から離れて、彼女を通した。


「あんな地味な子に、こんなな知り合いがいるなんて笑えるわ」


 ロックな知り合い……彼女に、わたしはどんな姿に見えているのだろうか、わたしはロッカーではなく、アイドルなんだけれど……彼女は間違いなくイヤな奴だ、その薄ら笑いには、明らかに敵意がある。わたしとマナミの敵だと言うことだ。


 わたしは、思わず彼女の胸元に下がったリボンを掴み、ぐいっと引き寄せた。ガツンと額に頭突きをかまして、おでこを擦り合わせたまま、彼女を睨んだ。


 彼女は驚いて声も出ない様子だ。こいつが元凶かもしれない。マナミを苦しめる元凶は即刻削除だ。


 わたしは、左手で彼女の髪を掴み、体重を相手に掛けた。膝で太ももに蹴りを入れて膝をつかせ、もう一度、髪を掴んだ左手に力を込めて顔を上に向かせた。


 脅える彼女をこれからどうしてやろうかと、考えを巡らせていると、急に後ろから声を掛けられた。男の声だ――


「あんた、リコだろ」


 リコ? 身ばれしてる? 動画で身をさらしていると、こういう時に困る。わたしは、思わず手を離した。

 すると、彼女は慌ててわたしから離れて立ち上がり、汚い声でタンカをきった。


「奥山の知り合いなんて、どうせ、ろくでもないやつばっかりだと思ったよ! どうせ、の知り合いなんだろ!」


 名前が変わる前……やっぱり、マナミには真奈美になる前の名前があった……。


 期待した通りの答えを見付けた。でも、こんなに苦しいのはなぜだろう。わたしがわたしを取り戻す、大きなチャンスが巡ってきたと言うのに……。


 マナミには、まだ、語られていない秘密がある。ただ、彼女には、わたしに対する敵意など微塵も感じられない。もちろん、わたしも正体を明らかにしていないからなのだとは思うけれど、彼女の中に邪悪なものを見付けられずに、心の底からマナミを憎むことができないでいる。


「リコ……探しに来たのか……」


 忘れていた……この男は一体誰だろう。

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