第13話 頼りない最後の砦

 マナミは、なんの躊躇もなく私の向かいの席に座った。


 四人席の残り二つは空いている。続いて店に入ってきたヒイラギは戸惑った様子で立ち尽くしていた、これは修羅場と呼ぶのだろうか。


 ヒイラギは、どっちに座るつもりだろう。私の隣か、マナミの隣か。


 修羅場と言えば、彼氏の浮気現場に踏み込んだりだとかが思い付くけれど、一応、ヒイラギは私に別れを告げている(LINEで一方的にだけれど)それに、マナミと付き合っているのかも分からないので、修羅場と呼んで良いのか悩むところだ。


 いっそのこと、ヒイラギに聞いてみようかと、ヒイラギの顔を見ると、額にマジックで『修羅場です』と書かれていた――様に見えるほど、くっきりと焦りの色が見えた。


 と言うことは、多少はわたしに対して罪悪感を持ってくれているのかもしれない。もしかしたら、まだ、わたしへの気持ちが残っているのかも……。


 でも、肝心なわたしの恋心は影をひそめてしまった。


 一方的に別れを告げられた時には、わたしを守る最後の砦が落ちたような絶望感にどっぷりと頭まで浸かっていたけれど、今、目の前にいるヒイラギからは、わたし好みの男の子らしい精悍せいかんさは消え失せてしまって、表情を強張こわばらせたまま固まっている情けなさしか感じない。そんな、ヒイラギを見てからは、絶対の信頼を置いていた砦が、ただの瓦礫がれきの山だったのだと、あきれて完全に冷めてしまった。


「座ったら?」


 わたしは冷たくそう言って、マナミの隣の席をアゴで指した。


 ヒイラギは、お、おうと、やっと絞り出した呻き声のような返事をしてマナミの隣に座った。やっぱり座るんだね、に……。


「もしかして……知り合い?」


 まなみの当然の問い掛けに、ヒイラギはまた固まってしまったので、しょうがなくわたしが答えることにした。


 マナミから情報を聞き出すのに支障になったら困る。わたしは三百万円の返済を抱えているんだ、ヒイラギのお陰で冷静になれて、逆に感謝したいぐらいだ。そして、少し強くなった。


〈 女は別れを経験して強くなる 〉

 

 ツイッターに、もっともらしいことを呟いてみた。


「知り合いだよ、わたしも音楽活動してるからね、意外と狭い世界なのよ」


「へえ、そうなんだ、私はヒイラギ君に誘われて初めて……」


 と、言って恥ずかしそうにヒイラギを見るその目は、完全に恋に落ちた女の子の目をしていた。

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