第22話 わたしわたし詐偽
中野駅のホームへダッシュで辿り着くと、ちょうど快速が入ってきた。中央線のオレンジ色が温かそうで、何となく吸い寄せられそうになるのを我慢しながら、やっと開いたドアに飛び込んだ。
これで、この街から離れられる、そう思うと、血管がゆるんで、血の流れがゆっくりと落ち着いて行く様だ、安堵感がじんわり耳の奥へ広がっていく。
でも、わたしは気が付いていた。あの時わたしはあそこへは行きたくないと言った。知らない筈のこの街を知っていた。
何だろう……この違和感……確かに昔の事はほとんど覚えていないけれど、それで困ったことなんて一度もないから、気にならなかった。
何かが溢れ出して止められなくなりそうで怖い。でも、わたしに対する違和感の正体を突き止めなければならない……もう、その段階に来てしまった様な気がする。
けれど、重たい真っ黒なものが、身体中に覆い被さっている様に体が動こうとしていないのも感じていた。この列車の座席に座ったまま、もう、一歩も動きたくない。
わたしは、向かい側の真っ暗な車窓を流れていく明かりを見ながら、記憶を逆行させていった。
マナミには真奈美になる前の名前があること、マナミを好きになってしまった事、マナミにわたしの居場所を奪われてしまった事、ヒイラギが去っていった事、お母さんに電話した事……。
目の前に二人連れの女子高生がやって来た。すいているから離れた席に座ればいいのに、話に夢中なのか、わたしの視界を遮ったまま動こうとしない。
しょうがないので寝たふりをすることにした。早くどいてくれればいいのに。
「それでさぁ、ほら、『わたしわたし詐欺』って知ってる?」
「なにそれ? オレオレ詐欺の女版?」
「そうなのよ、私の友達のお母さんに掛かって来たんだって! それがむちゃくちゃ
一瞬ドキッとした。まさか、マナミから聞いたのかと思ってしまった。万引き何て話はしていないから、わたしの事じゃない……けれど……。
「あーありそう! でも、声でわかるでしょ?」
「それがね、泣きすぎて声が枯れちゃったって、で、三十万円で示談にするからすぐ振り込んでってさ」
「三十万円……リアルー」
「ふっ」
寝たふりしたまま思わず吹き出してしまった、三十万円なんて、可愛らしいものだ、わたしがお願いしたのは三百万円だ。
「こわいよねー? その子のお母さん、ビックリしたでしょうね?」
「実は偽物だってわかってたんだって、でもね、心配すぎて、不安で不安で……偽者なんだとわかっているのに、お金を払えばこの不安から解放されるって思っちゃって、結局払ったんだってよ」
「えー! それマジで? 何よそれ、マジ理解できない……だったら私に頂戴よ! って思っちゃうね」
「そうなの、だから言ったんだって、『偽者に払ったなら、私にも頂戴』ってね(笑) ダメって言われたって笑ってたけど、その時、面白い事言ってたの」
「なになに?」
「これは詐偽じゃなくて泥棒だって、ワタシという存在を泥棒されたんだってね」
「なるほどー、存在を泥棒されると、自分に入ってくる筈のお金もみんなとられちゃうワケね、こわ……」
存在を泥棒された……わたしの存在はマナミに奪われてしまった……でも、マナミにしてみればどうだろう、理由はわからないけれど、真奈美という名前で呼ばれる事になって、そこへまなみと名乗る女が現れたら……。
お母さんはどう思ったろう……真奈美じゃない真奈美と暮らしている時にまなみから電話が掛かってきた……。
わたしは……わたしは誰なの? もし、わたしが、ヒイラギの言う様に、本当に安部リコだったとしたら、存在泥棒はわたしの方だ……でも、そんなこと信じられない。わたしはずっと奥山まなみとして生きてきた……ずっと……ずっとっていつから?
覚えているのは、あの思い出だ、私が熱中症で倒れた時に、お母さんはわたしを抱き締めて、『まなみ! まなみ!』って呼んでた。
でも、同じ頃に友達だった幸太は、わたしの事をリコと呼んだ。
なぜ? どこかでねじれてしまっている。わたしを信じていいの? 誰を信じればいいの?
幸太に聞いてみようとスマホを取り出した。
「しまった! 連絡先を聞いていない! 何で幸太も聞かなかったんだろう……あいつは昔から……」
〈ニッコニコニー♪ ニッコニコニー♪〉
着信だ……『実家』からだ……。
マナミ? だったら携帯から描けてくる筈だ……だとしたら……。
〈もしもし……私……奥山です……あの……もしかしたら、あなたが本当の真奈美なの?〉
お母さんからだった。
何だろう……この違和感……。
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