崖下の幽霊



 




崖下がけしたの幽霊。

 校舎の裏にある崖下には幽霊が出る。


 雨の日、ぼうっと女の人が立っている。


 ちょっと……」


 あれっ? と読んでいた美弥が声を上げる。


 文字が消えはじめたのだ。


「いやー、待って待ってっ!」


 ノートの上の鉛筆書きの文字がゆらゆられては点滅てんめつする。


「ちょ、ちょっと……前の?


 土砂崩どしゃくずれで人、が……


 あっ!」


 文字は消えてしまった。


「死んでいる、だろうな」


 大輔はため息をついて断定だんていした。


「な、なんなの? 今の」


 立ち上がり、いっしょにのぞき込んでいた一美が言う。


「これを読んで欲しいものと、読んでほしくないものがいるってことかな?」


 そう大輔はつぶやいた。


 文字があらわれたり消えたり、せめぎあっているようにも見えたからだ。


「崖下の幽霊か――。


 うちでは聞かないな」

と言ったあとで、大輔は、


「三根」

と呼びかける。


 いきなり、この状況で名を呼ばれ、倫子はびくりと身がまえたようだった。


「お前、怖い話には、くわしいだろう。

 よその学校の怖い話でそういうの聞いたことあるか?」


 倫子は、ふるふると首をる。


「そうか。

 配膳室の霊の話みたいに、わかれた学校に伝わらなかったのは、近くにがけがある学校が何処どこにもなかったからかな」


「ねえ、大輔。

 見せてよ」

と一志が無邪気むじゃきに言い、手をばしてくる。


 怖がりのくせに、特にがいがなさそうなときは、好奇心旺盛こうきしんおうせいだ。


 倫子たちといっしょにページをめくってみたりしている。


 その様子ようすを見ながら、美弥が声を落とし、言ってきた。


「ねえ、ほんとのところ、なんなの?

 大輔には、なにか別のものが見えてたんでしょう?」


 そんな美弥の言葉にかぶせるように別の声がまざってきた。


「ねえ、何が見えたの?」


 浩太だった。


 何処どこか、思いつめたような顔をしている。


「だから……書いてあった通り、女の霊だ。


 たださびしそうに立っている」


 そう大輔はごまかした。


 それにしても、何故なぜ、あの配膳室の霊はこのページにあらわれたのだろう。


 これを読ませたかったのか。


 それとも、読ませたくなかったのか。


 いずれにせよ、このページの話はあの霊となにか関連かんれんがあるに違いない。


 そう思ったとき、浩太が、ぽつんと言った。


「ずっと言われてたんだ。

 ここへ来ても崖下には近づくなって」


 え? と美弥が彼を見つめる。


「ここ、ほら、ふつうのキャンプにも使われるじゃない。

 前にも来たことあるんだけど。


 そのとき、崖下へは行くなって言われたんだ」


「昔、崖崩れがあったからじゃなくて?」


「そのときは、そう思ったんだけどね」

と浩太は浮かない顔をする。


「お前――


 もしかして、そのキャンプに来たときから、今日のこと見えてたんじゃ……」


 みんながいるのにうっかりそう言うと、買いかぶらないでよ、と浩太は笑った。


「そんな完璧かんぺきには見えないんだ。

 見えてたら止められてるよ」


 倫子たちはただ、不思議そうな顔をして聞いていた。


 浩太はきっと、そのおぼろげに見えた未来を止めるために、キャンプに参加したのに違いない。


「すまない、浩太」

と大輔はあやまった。


 え? なに? という顔を浩太はする。


「いや。

 なんにも気づいてやれなくてすまん」


 そうくり返しあやまったが、浩太は、

「なに言っちゃってんのー」

と笑ってみせる。


「大輔の力は言ってみれば、過去をるものでしょ?

 なんの役にも立たないよ」


 あははーと浩太は笑ったあとで言ってきた。


「ほんとに大輔が僕にびる必要はないんだよ。


 あれが起こる直前、ようやく僕にも事件の輪郭りんかくらしきものが見えてきた。


 でも間に合わなかった。


 だから、君たちを巻き込んだんだよ。


 ――犯人への復讐ふくしゅうのためにね」


 教頭先生は僕のおじさんなんだ。


 そう浩太は言った。







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