第二章 闇夜のキャンプ
軍手で飯ごう炊飯
「焼きナスかあ。
食べたことないなあ」
キャンプ
山の中のキャンプ場は、昔、学校だったところで、給食室もある。
お昼は父兄や地区の人たちが作ってくれたものをそこで軽く食べた。
だが、晩ごはんからは自分たちで作らなくてはならない。
外に、たくさん置かれている小さな
なれない子どもたちでは、時間がかかるので、父兄といっしょに午後二時からはじめられた。
美弥は軍手をはめた手で、じゃがいもの皮をむきながら言う。
「ここの
「配膳室なんてあったあ?」
とかまどに火を入れながら倫子が言う。
子どもたちが包丁を使うのに、あぶなくないようにだ。
たしかに手は切れないが、少し持ちにくいようだ、と思いながら、美弥は答える。
「あったよー。
給食室の横にドアがあったじゃない。
あれがそうなんだって。
地下の方が冷たくて、くさりにくいからかな?」
今日のメニューはカレーとサラダと焼きナス。
カレーとサラダはキャンプの定番だ。
ナスは、父兄の人がさし入れてくれたらしい。
焼きナスになったのは、失敗がないように、ただ焼くだけにしたからだろう。
「そういえばさー。
となり町の小学校、この間、建てかわったじゃん?
古い校舎の配膳室は、ここといっしょで地下だったんだけど、うす暗くて寒くてさー。
馬の耳に
そんな美弥の話に、聞いていないのかと思っていた大輔が、
「馬の耳に念仏が出るってなんだ……」
とナスを洗いながらつぶやいている。
「だって、みのりちゃんがそう言ってたんだよ」
とうったえてみた。
みのりちゃんは学級委員もやっていて、しっかりしている。
ウソなどつきそうにない人物だからだ。
大輔にとっても、自分などより信用のある人間だろうと思い、言ってみたのだが、
「なんか話がまざってるんだろ」
と軽く流されてしまった。
余計、ムキになり、美弥は言う。
「それだけじゃないのよ。
その取り
って、……あれっ?
右から三番目だったかな?」
言いながら、自分でもわからなくなってきた。
手早くナスを洗い終わった大輔は、今度は横でじゃがいもをむきながら、
「花子さんも全国の小学校に現れなきゃいけないから大変だな」
と嫌味につぶやく。
てめーっ、とにらむ美弥に、大輔は言ってきた。
「だいたい、そんなにいろいろ出てたんなら、取り壊すとき、
そんな話は聞かないが」
そう冷静に分析され、まあ、たしかに、とうっかり思ってしまう。
「結局あれだろ?
旧校舎は木造だったろ?
地下の配膳室もトイレも暗くて行きたくないから、そんなこと思いつくんだ。
新校舎になってから聞かないだろうが、怖い話。
明るくて綺麗だから思いつかないんだよ。
新校舎のある場所なんか、
「そうだったのか……」
とこちらに背を向けてはいる倫子がつぶやいていた。
聞いていたらしい。
「おい、三根」
とそんな彼女に大輔が呼びかけた。
「その話、よそでするなよ。
すぐ夜の校舎を兵隊が歩いてたって話になって返ってくるからな」
まあ、おそらくはそうなるだろうな、と美弥と倫子は
今、ここで大輔の話に聞き耳を立てている連中が誰も話さないなんてことはないだろうから。
結局、父兄の人に手伝ってもらって火をおこした倫子が、ナスを
「美弥、皮厚すぎだ」
ものめずらしげに、そちらを見ていた美弥に大輔が言ってくる。
見ると、彼はするすると
「でもでも、このちょっとむいたときに出てくる表面の青いとこ残ったら、芽といっしょでアタリそうだし。
だいたいわたし、家で料理なんかやってないんだもんっ」
そう
「……いばるな」
と言われてしまう。
そのとき、今朝方まで降っていた雨のなごりがうしろの木から落ちてきた。
美弥の
ひゃっ!
と小さく声を上げて、うずくまった。
そのはずみで、むきかけのじゃがいもがコロコロと坂を転がっていく。
「いやあっ、あそこまでむいたのに~っ!」
家では、あまり包丁など使ったことのない美弥が必死にむいたじゃがいもだ。
大輔に言われるまでは、初めてにしてはよく出来たと思っていたのに。
美弥たちの炊事場は、運悪くキャンプ場の
「やーん、もうっ」
あわてて駆け出そうとした美弥の横で、しょうがないな、と大輔が包丁を置く。
だが、彼が行くより早く、門の外へ出て行こうとしたじゃがいもが、坂の
「
手にビニール袋を抱えた若い男がそれを拾い上げる。
わあっと近くの班からも
「せんせー、遅いーっ」
生徒たちがおおぜい参加しているため、教師たちもキャンプに手を貸しているのだ。
佐田先生は美弥たちの担任だが、人気があるので、いつも他のクラスの生徒たちから、うらやましがられていた。
身長はあまり高くなく、色黒で、すごく男前というほどでもないのだが。
感じがいいので、お母様方にもすこぶる
じゃがいもを美弥の手に渡しながら、佐田先生は、
「なに言ってんだ。
俺はお前らより先に来てたんだぞ。
教頭先生に頼まれて、いっしょにスイカとカツオブシを買いに行っただけだ」
とみんなに言う。
「あれ? スイカは?」
と倫子がしゃがんだまま、佐田先生の手にあるカツオブシのパックのつまったビニール袋を見上げた。
「数が多いから運んでもらうってさ。
教頭先生、他にも買うものがあるからって。
あれじゃないか? 夜のきもだめしの――」
そこで、佐田先生は言葉を止めた。
なるほど、と美弥はつぶやく。
「やっぱり、先生たちがおどかす役なんですね」
「
そう佐田先生に小声で言われたが、どうせ、みんなに聞こえてると思うけどなあ、と美弥は思っていた。
それに美弥は、先生たちにおどかされるとわかっていても、そのニセ幽霊たちが満足するほどの悲鳴をあげてしまうだろう自分を知っていた。
おどろくかどうかのポイントは、幽霊の正体ではなく、あらわれるタイミングだからだ。
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