四谷怪談





「なんで、きもだめしに行く前に、わざわざこんなもの見るのかなあ~」


 夜、キャンプ場にある古い学校の二階の広い部屋で、四谷怪談よつやかいだんが上映されていた。


 きもだめしの順番が来るまで、これを見ていなければならないのだ。


「行く前だから見るんだろ?


 どうせ、先生や親たちのやるお化けなんてたいしたことないから、雰囲気ふんいきもり上げとかないと、どうしょうもないだろ」


 目の前にお化けがあらわれたところで動じそうにもない大輔がそう言いはなつ。


 となりの倫子は膝をかかえながらも、その膝の上からしっかり画面を見ていた。


 結局、好きなんだからなあ~、もう、と美弥は笑う。


 一志は、まだ薬をもられる前に、普通にお岩さんが髪をすいているだけのシーンなのに、もう、この世の終わりのような悲鳴を上げていた。


 一志のおびえようを見ていたら、逆に落ち着いてきた美弥は、先生に呼ばれ、前の扉からそっと出て行く班を見ながらつぶやく。


「いいなあ。

 これ見なくてすむのなら、一番がよかったよ」


 美弥たちは最後から二番目だ。


 そろそろ順番が近づいて来たというころ、ふいにお手洗いに行きたくなった。


 さっき行ったばかりだし、こういうときにありがちな気のせいだと思うのだが、一度気になりはじめると、止まらない。


 大輔に付いてきてもらうわけにも行かず、となりの倫子を見たが、彼女は真剣に四谷怪談に見入っている。


 しょうがない。

 すぐそこだし、と美弥は立ち上がった。


 廊下に出るとき、室内をふり返って思った。


 もうずいぶん人が少なくなっている。


 広い部屋に数人で怖い話見てるより、狭いトイレの方が怖くないかも、とふと思う。


 でもここ、前は学校だったっていうから、ここのトイレにもトイレの花子さんが……。


 いやいや。


 それにしても、なんでトイレの花子さんって、学校にしか出ないんだろ。


 野球場とか、コンサートホールじゃ駄目なのかな。


 まあ、ああいうとこ、長蛇の列だしなあ。


 すごい勢いで人が出入りするから、花子さんが出ていても気づきようもないのかも。


 そんなことを考えて気を紛らわせていたとき、遠く西側の廊下のすみに、ぼうっと立つ子どもの姿が見えた。


 ひゃあああああっ。


 美弥は声にならない悲鳴を上げる。


「あ、ごめん。

 驚かしちゃった?」


 近づいて来た子どもの霊は言った。


 よく見れば、その少年は生きていた。

 美弥より少し背が低く、愛らしい顔立ちをしている。


 そのくるくるっとした目の動きといい、自分よりも女の子っぽい、と美弥は思った。


 見おぼえないけど、付属の子かな?


 美弥たち公立の小学校の子の他に、近くの大学の付属小学校の子どもたちも幾人か来ているようだった。


「僕、浩太こうたっていうんだ。


 君は?

 笹波ささなみ小学校の子?」


 笹波小の子が一番多いからだろう。


 うん、と美弥はうなずいた。


「近衛美弥っていうの。

 浩太くん、もうきもだめし終わったの?


 どうだった?」


 もう残っている班は少なく、それらの班には知っている人間しか居ない。

 だから、彼はもう終えたものだと思い、そうきいてみた。


「それがさ、校舎の中探検してる間に置いてかれちゃったみたいなんだよね」


「えー、ひどい」


「うーん。

 でも、僕がちょっと気をとられてる間に、ずいぶん時間たっちゃってたみたいでさ。


 学校違うから、班に知ってる子もいないしね」


 それなら、かえっていないことに気づきそうなものだが。


 もしかして、嫌がらせで置いていったのだろうか、と思ってしまう。


 男の子というのは、最初よそ者に対して警戒けいかいするというか。


 すぐに寄っていく好奇心おうせいな女子とは違って、序列じょれつが出来上がるまで、相手の能力をはかろうと、いろいろ、ためしてみるようなところがあるから、それでではないかと美弥は思った。


「じゃあさ、うちの班といっしょに行こうよ。

 最後から二番目だから」


 そう言ってさそうと、浩太は、

「わかった。

 じゃあ、森の入り口で待ってる」

と言ってきた。


 そこは、きもだめしのスタート地点だった。


 浩太は映画を見る気はないらしく、そのまま、東側の階段を下りて行った。


 教室の戸を開けると、大輔がこちらを見ていた。

 心配してようすをうかがっていてくれたらしい。


「ねえ、きもだめしに行きそびれたっていう子がいたから、さそったよ。

 付属の子みたいで、浩太くんっていうんだけど」


 浩太? という声がうしろからした。


「浩太なんてやつ、いねえぞ」

 ふり返ると、ひとつ前の班の正樹まさきだった。


「いないって?」


 彼は幼稚園はいっしょだったが、小学校は付属にかよっていた。


「だって付属から来てんの、俺入れて八人だもん。

 みんな知ってるけど、そんなやつ、いない」


 マジで!? と聞いていないのかと思った倫子が振り向く。


「美弥、美弥っ。

 それこそ、あれでしょっ。


 古い校舎にひそむ少年の霊っ!」


 勝手に新しい怪談を作り、倫子が叫ぶ。


「で、でも、すごい今どきの格好してたんだけど……」


 ふと見ると、大輔はなにごとか考えるような顔をしていた。


 怖い話には興味ないくせに、となり町の小学校のことといい。


 どうも余計なことを知っているようなので、何を言い出すかと身がまえてしまう。


 すると、大輔は、

「……そいつは、どこへ行った?」

ときいてきた。


「わかんない。

 東側に消えちゃった」

と美弥が言うと、


「消えた!?」

と倫子がうれしそうな声を上げる。


「ちーがうって、東側の階段を下りてったのー。

 森の入り口で待ってるって。


 だから、霊でも霊じゃなくても来るんじゃない?」

と美弥はやけくそのようにそう答えた。





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