カレーと焼きナス

  



「わかったよ。

 みんなでごはんを作って食べるということの意味が」


 スプーンを置いて大輔が言った。


「この市販しはんのルーを入れても、まずくなるという珍現象ちんげんしょうを体験しろということだな」


 外にある木のテーブルで班ごとに食事をしていた。


 したくを始めた時間は早かったのに、やはり、もう日はれている。


 ランタンのあかりがうす暗いキャンプ場に点々とともっていて綺麗きれいだ。


「変ねえ。

 どうやってもまずくは作れないはずなのに、味がないわ」


 色だけは綺麗についているカレーを見ながら、美弥はすなおに首をひねる。


「おまけに焼くだけの焼きナスまでまずいのはどういうわけだ?」


 黒くげたようなナスを箸でつまんで、大輔はつぶやいていた。


 倫子が笑って言ってくる。


「ねえ、これ、例の本にのせたら?

 地区キャンプのかい


 なにを作っても、まずくなるとか」


「一美になぐられると思う……」


 投げやりな倫子の提案ていあんに、とりあえずマヨネーズのおかげで食べられるサラダをつつきながら美弥は言った。


 近くのはんの一美がいつものように豪快ごうかいに高笑いをしている声が聞こえてきた。


 ……今、いなくてよかった、と思う横で大輔が、

「それにしても、どうやって作ったんだ、このカレー」

とまだ不思議がっている。


「あんたも作ったんでしょうが……」


「まあ、久世はいつもいいもん食べてんでしょうからねえ」


 倫子もやはり食が進まないらしく、スプーンを皿の上でただ動かしながら言っていた。


 大輔の父、隆利たかとしは、この県に本社を置き、全国的に展開てんかいしている会社の社長だ。


 だから、叶一は隆利の父である現会長のかくし子ということになる。


「いや――


 莢子さやこさんの料理はなんというか」


 実はやさしい大輔はそこで言葉を止めた。


「莢子さんて?」


「家政婦さん」

と言葉につまっている大輔の代わりに、そこからは美弥が答える。


 古くからいる家政婦で、いい人なのだが、なんというか――。


「その、健康に気を使ってくれて。


 添加物てんかぶつとかは一切使わず、まず、身体にやさしいことに重きを置いてくれてて……」


「つまり、おいしくないと」

 ずばりと一志が言った。


 大輔の目が美弥を見る。


「い、いや。

 わたしにフォローを求められても……」


 何度かごちそうになったことはあるのだが、コメントはここでは、さしひかえさせていただく。


 金はありあまっているくせに、隆利が家政婦を変えようとしないのは、めんどうくさいからか、あれでも人間らしいところがあって、世話焼きの母親のような莢子が気に入っているからなのか。


「そんなにまずいかなあ、莢子さんの料理」

 そんな声がうしろでして、目の前のサラダがひとつまみ消えた。


「あっ、僕、ピーマン駄目なんだよね」


「ちょっと叶一さん。

 遅れて来ておいて、なに?」


 ふり返ると、制服のまま来たらしい叶一が笑う。


「だってさあ。

 なんだか休んでる間に勝手に体育祭の委員にもなっちゃっててさ。


 時間押したんだよね。


 っていうか。

 このボランティア、勝手に申し込んだの佐田だからね~?」


 このキャンプは父兄の他に中高生の有志もボランティアで参加してくれている。


「まあ、叶一さんがさっきの出し物みたいなのやってくれるとも思ってないけど?」


 ごはんの前に、別の高校の二人組がミニコントを見せてくれたのだ。

 ふだん見ると、ぜったいにくだらないのだが、こんな場所でみんなで見ると楽しい。


「佐田って、佐田先生?」

と倫子が立ったままの叶一を見上げた。


「そうそう。

 佐田、うちの中学に教育実習に来てたんだよ。


 卒業生だったみたいで」


 教師が特別強烈に覚えているのは、優等生と問題児だという。


 両方かねそんえた叶一が心配で、なんとなく付き合いがつづいてしまっていたのだろう。


「あれ? 中学って。

 中学に教育実習に行ってもいいの?」

と倫子がきいてくる。


「いいみたいよ。

 ちなみに、先生、小中高の免許、ぜんぶ持ってるんだって」


「え? なんで?」


「今、先生もなかなかなりにくいから、一番空きのあるところに入ろうと思ってぜんぶ取ったんじゃないの?」


「じゃあ、単に小学校があいてたってわけ?」


 そうなんじゃない? と美弥は冷たい麦茶を飲む。


 麦茶だけは、父兄の人がわかして冷やしておいてくれた。


 別の地区のキャンプでは、山に入ってお茶になりそうなものをむしるところからやらされたらしい。


 めんどうくさいだけでなく、なんだか熱いまま飲まされそうでそれは、かんべんだった。


 美弥ちゃん、シビアだねぇ、とうしろで叶一が苦笑いしている。


「子どもが好きだから、小学校とか思わないの?」


「あら、高校生まではぜんぶ子どもよ」


「僕も子ども?

 まあ、美弥ちゃんの方が大人かなって思うときはあるけどね」


「女の子はしっかりしてるからなあ。

 六年生って言ったら、もう、うちの姉貴とかと変わらない口振りだよ」


 そんなことを言いながら、やってきた佐田先生を、


「なに勝手に登録してくれてんです?」

と叶一は、にらんで見せる。


「僕、ボランティアなんて一番向いてないんですけどね」


「どうせ、夏休みなんて、ダラダラしてんだろ? 


 いいじゃないか。

 ああ、あとできもだめしの前に見る映画のセッティング手伝えよ」


三溝みつみぞも引きずってくりゃよかったなー」


 去っていく佐田先生を見ながらまだ、叶一は文句を言っていたが、本当に嫌なら、登録されていようがなんだろうが、彼は来ないはずだった。






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