きもだめし

 

  

 


「あー、いてっ。腹いてーっ」


 いよいよ順番というときになって、一志が腹を押さえ、うずくまる。


「おい、一志、大丈夫か?」


 先生に、と言いかける大輔に、一志は、

「大丈夫。

 トイレ行ってくれば治るから」

と言いながら、よろよろと行ってしまう。


「おいっ! 寝てろよ、お前」


 一志が怖がりなのを知っている大輔は気を利かせて、きもだめしは来なくていいからと言った。


 たぶん、腹痛の原因も順番が来たせいだろうと思われたからだ。


 だが、一志は、

「いや、行く。ぜったい行くっ」

とかえって意地になっている。


 さっき、一美が出て行く前に、派手にからかったのがこたえているようだ。


 どうも、一志は、一美といっしょにいたおとなしめの付属の女の子が気に入っているようだったので、それもあるのだろう。


「しょうがねえなあ」

と大輔はつぶやき、先生に順番をずらせてもらえないか交渉こうしょうに行った。


 映画はクライマックス。


 逃げ出したかったらしいラストの班の班長はあっさりその話を受けた。







「おう、お前らが最後か。

 最後はみんな気合い入ってんぞー」

と森の入り口でカンテラを持って立つジャージ姿の教師が言った。


 えー、うそーとおびえながらも、倫子はうれしそうだ。


「あれっ? 先生は仮装しないの?」


 そう問うと、してたんだがな、と苦笑する。


「一つ目小僧の格好して立ってたら、ここへ来る前に逃げ出した奴がいて」


 あははーとみんなが笑ったとき、先生のうしろ、竹林のかげに、ぼうっと白いものが浮かんで見えた。


 ひゃあああああっ!


 悲鳴を上げて、全員が大輔のうしろに隠れる。


 やはり動じなかった大輔は、じっとそちらを見ていたが、


「……浩太」

とその名を呼んだ。


「へ?」


「あ、大輔。

 やっぱり大輔だったね。久しぶりー」


 にこにこ笑って手を振りながら出てきたのは、あの少年、美弥が見た『浩太くん』だった。


「なに、大輔。

 知り合いなの?」


 美弥はまだ大輔のうしろに隠れたまま、そうきいてみた。


「ああ、親父同士が知り合いで」

と言いかけた大輔に、なんだ、金持ち仲間か、と流すと、


「お前んちは違うのか」

とにらまれた。


 美弥の父は、近衛鉄鋼という地元では結構大きな会社をやっているが、別に金持ちというほどではない。


 派手なことを好まない親の性格のせいで、そう感じるだけなのかもしれないが。


 しかし、父の会社があるおかげで、大輔とべったりいっしょに居ても、彼の父親に嫌がられないのも、また事実だった。


「いやー、キャンプ来ても、知ってる人、あんまりいないんだけどさ。

 もしかしたら、大輔に会えるかもと思って」

と浩太はうれしそうに両手を振る。


 何処どこか小動物的な動きだった。


 そんな浩太にため息をつき、大輔は、

「浩太って聞いて、そうじゃないかと思ったよ」

と言う。


「浩太は付属小じゃないんだ。

 新幹線で、となりの県の私立に通ってる」


 大輔の説明に、美弥は、はあ、とあいまいな返事をした。


 そこまでさせる親がいるとは聞いたことはあるが、遭遇そうぐうしたのは初めてだったからだ。


 美弥の親はまったく教育熱心ではないし、大輔の父、隆利は放任ほうにんだ。


 大輔は、一応、どこかよそへ行くかと、小学校に入るとき、隆利にきかれたようだが、友達がみんな公立だから、公立でいいと答えたら、ああそうか、とあっさり話は終わったようだ。


 そんな調子の父親だ。


 マイペースというかなんというか、


 そもそも、子どもにはあまり興味がないのかもしれない、と思っていた。


 大輔の母は、若いころから身体が弱かったので、隆利は、ともかく子どもは元気であればいいと思っていたようだった。


『美弥ちゃん』

 日当たりのいい窓辺に大輔の母はいつも寝ていた。


 まぶしいくらい日は差しているのに、彼女はいつも、日に当たったことなどないかのような肌の色をしていた。


 ふいにそのやさしい呼び声が、すぐそこで聞こえてきたような気がして、泣きそうになる。


 大輔のお母さんも叶一さんのお母さんも、いい人なのに――。


 その傲慢ごうまんな性格のせいだけでなく、美弥は隆利が女として好きになれなかった。


『貴方が叶一くん?』


 初めて、大輔の母、舞子が叶一と出会ったとき、美弥はたまたま立ち会っていた。


 やさしく微笑ほほえむ舞子の前で、いつもマイペースな叶一もさすがに言葉少なだった。


 彼でも罪の意識など感じたりするのだろうか?


 いや、そもそも、叶一さんがそんなもの感じる必要などないのだけど、と美弥は思う。


 叶一は本当は、大輔の父、隆利の子どもなのだ。


 妻の舞子に遠慮えんりょして、自分の父親のかくし子ということにしてもらっている。


 大輔よりも五つも上の、愛人の子――。


 舞子は最期さいごまで、叶一にもその母親にもつらく当たることはなかったが、そのつらさは子どもの美弥にもなんとなく想像できた。


 しかし、大輔と叶一は不思議と気が合うようだった。


 正反対だから合うのか、それとも実は、似たところがあるのか。


 美弥には二人が、同じ孤独こどくをかかえているように見えたてた。


 佐田先生にもそれがわかっていて、二人のことを気にかけているのかもしれないと思う。


 叶一など、教育実習中きょういくじっしゅうちゅうのわずか二週間の付き合いでしかなかったはずなのに。






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