AM0:00



 



 後始末あとしまつを終えた鑑識かんしきの車が出て行こうとするころ、叶一きょういちは渡り廊下のかげから、配膳室の方をうかがっていた。


 色が浅黒く、ひょーっと伸びたような細い身体をした男が他の刑事たちと話をしている。


 そのとがったあごが娘とちょっと似ていた


 彼だけがこちらを向いていたので、壁から手を出し、ひょひょっと手招きをする。


 それに気づいた彼は、声にならない悲鳴を上げた。


「叶一~!」


 そっと呼んだかいもなく、三根はすごい形相ぎょうそうでこちらへかけて来る。


「なにやってんだ、おまえぇ!

 びっくりすんだろがっ、いきなり暗がりから手が出てきたらっ」


 叶一の手は男のものにしては白く繊細せんさいだ。


「なに?

 三根さん、信じてんの? 学校の怪談とか」

とひとつ話してあげようか? と叶一は笑う。


「けっこうだ」


「でもこれ、学校の怪談じゃないんだけどさ」


「けっこうだ」


三溝みつみぞのおばあちゃんがさ」


「けっこうだ」


「夕方にお墓参りに行ったんだって。

 ほら、よく夕方、お墓参りに行くもんじゃないとか言うじゃない。


 でも、その日は、なにかの都合で夕方に行ったらしいんだよ。


 それで、墓から帰ってきたおばあちゃんがさ」


 つづきが気になるのか、三根はもう、けっこうだ、とは言わなかった。


 自身も変則的へんそくてきな仕事のせいで、妙な時間に墓に行くことが多いからだろう。


「隣のおばさんと出会ってあいさつしたらしいんだけど。


 それからしばらくして、おばさん、言ってたんだって。


 おばあちゃん、この間、お墓に夕方行ったでしょ、って。


 あのとき、頭を下げたおばあちゃんの顔の向こうに、もうひとつ顔が見えたんだよ。


 怖かったから黙ってたんだけど、って」


 三根は沈黙ちんもくしている。


「まあ、お墓は午前中とか明るいうちに行きましょうって話だねえ」

とまとめると、


「……それを話してどうしたい」

と言い出した。


「それを話してお前は俺をどうしたいんだーっ」

と胸ぐらをつかんで、揺すろうとするので、ひょいと逃げた。


「しかも、三溝のばあちゃんの話とか、どういうことだっ。

 もっと何処どこの誰の話だかわからないような感じにしろっ。


 墓地の場所まで、かんたんに特定とくていできてしまうじゃないかーっ」

と刑事らしい文句を言ってきた。


「あ、怖かった?」

と叶一は笑う。


「じゃあ、もうひとつ、怖い話をしてあげるよ」


「なんでだ……」

と三根は不満ふまんげだ。


 それはそうだ。


 怖い話におびえているところに、さらに怖い話をしようとしているのだから。


「僕さ、よくカップめんで、ごはん、すませちゃうんだけど」

と言うと、そこで、三根は違う意味で嫌そうな顔をした。


 もっとちゃんとした物を食べろと言いたいのだろう。


「この間、棚から、古いカップ麺が出てきてさ。

 それが、ぱんっぱんに、ふくれてるんだよ。


 カップ麺って古くなると、あんな風になるんだね。

 冷凍食品れいとうしょくひんとおなじで、いつまでも食べられると思ってたんだけど」

と言うと、


「待て」

と言われる。


「そもそも冷凍食品もいつまでも食べられるわけじゃないからな」

と言われ、あっ、そうなの? と叶一は軽く笑う。


「怖い話でしょ」

と言うと、


「何処がだ……」

と言ったあとで、三根は、


「それより、なんでお前がここにいるっ」

けむに巻かれることなく、言ってきた。


「ボランティアだよ、ボランティア。

 小学生たちのお世話してんの」


 言いながら、ボランティアなんて、自分から一番遠いところにある言葉だとあらためて実感する。


 その証拠しょうこに、三根は、

「ボランティア~?」

と低い声でうなり、胡散臭うさんくさそうに自分を見ていた。


「佐田先生に頼まれてね」


 ああ、佐田先生か、と元事務室の方をうかがう。


 教員や父兄たちは、みんなあの宴会場になっていた職員室にとめ置かれ、一人ずつ事務室で話を聞かれているようだった。


 まあ、お約束とはいえ、子どもたちを指導に行っての宴会の最中だったことに、みんな青くなってしまっているようだ。


 校内に残る酒臭さに、子どもをあずけている三根は、まったく、と舌打ちをする。


 もっとも、三根も参加していたなら、もちろん飲んでいたろうが。


「ねえ、事件の経過けいか教えてよ」


 ストレートにそう訊くと、三根はその疑わしそうな目つきのまま、美弥ちゃんのパシリか、と訊いた。


「な、なんでだよ?」


「お前がそんなめんどう臭いことに自分から首突っ込んで来るとは思えないからだ」


 三根との付き合いはそんなに古くはない。


 美弥や大輔と会ってからなのだが、もうすでに、おしめのころから自分を知っているような口のきき方だった。


 そして、その読みはそんなに外れてもいない。


 あの子もなあ、と三根はうつむき、ため息をつく。


「ふだんは、あいさつもよくする可愛い子なんだが、ちょっとなんというか、良くも悪くも底知れないところがあるというか」


 お前ら三人、よく似てるよ、と三根は嫌そうに言った。


「いつか俺はお前らを何かで逮捕たいほする日が来るんじゃないかと思って、ハラハラしてんだ」


「余計なお世話だよ……」


「で、なんだって? 事件の経過?」


「あれっ? 教えてくれんの?」


「教えるまで、うろうろすんだろが。

 どうせ、たいしたことはわかってないからな。


 教頭の死亡推定時刻は、午後七時から十時の間――」


「えっ!? そんなアバウトなの?」


 ドラマじゃねえんだ、と三根は、煙草たばこを探す仕草しぐさをしたが、そこがまだ現場げんばなことを思い出したのかやめた。


死因しいんは?」

後頭部こうとうぶ強打きょうだ……」


 三根はそこで顔をしかめる。


転倒てんとうじゃないの?」


「さてなあ。


 二、三度打ち付けたような感じらしいんだが、一回転倒てんとうして立ち上がりかけて、ふらついたってこともあるしな」


「教頭は巡回中じゅんかいちゅうだったの?」


「そうかもな。


 まあ、まだ全員の事情聴取じじょうちょうしゅが終わってないし、よくわからんな。


 なにせ、宴会中えんかいちゅう出来事できごとで、みんなてんでばらばら、アリバイも取れん」

しぶい顔をする。


「そういえば、河合先生が、宴会への祝儀しゅうぎって教頭からお金もらったって言ってたよ。

 死体見つける前に」


「ああ、さっき、父兄から聞いたよ。

 トイレで出会ってあずかったみたいなことを言ってたようだな。


 まあ、くわしく聞いてみるが。


 河合先生は下っぱだから、用事ようじたのまれたり見回りしたり。


  いそがしいからすぐに宴会場に持ってきたとは限らんがな」


「河合先生は?」


「今、テントの方を見回ってるようだ。

 誰か呼びに行ってくれたようだが」


 三根は眠いのか、あくびをみ殺す。


「寝てないの?」


「俺は今日は休みだったんだ。

 昼間はずっと渓流釣けいりゅうづりに行ってて、くたくたなんだ。


 それを殺しなんて滅多にないから、増員ぞういんで呼び出されて」


「田舎だからね~。


 しかし、刑事も大変だね。

 面白そうではあるけど」


「お前……刑事になるなんて言い出すなよ」


 強く確認させるように三根は言う。


「やだなあ。ならないよ。

 どっちかって言うと、僕は鑑識かんしきとかの方に興味きょうみが……あっ、そうだ。


 美弥ちゃんが、コンクリートの階段で何か見なかったかきいてくれって言ってたんだけど」


 やっぱり美弥ちゃんか、と三根はためためいきをつく。


 売ったようで悪いが、なにか変わったことはなかったかと、大雑把おおざっぱに三根にきいても、あいまいに誤魔化ごまかされるとんだのだ。


 それなら、美弥が明らかになにかを見たと教えて、三根の興味きょうみを引いた方がいい。


 なにしろ、こちらは子どもとはいえ、第一発見者なのだ。


「階段か。

 まあいろいろあったろうが、どれもこれから調べてみないと――」


「階段、れてなかった?」

「……少しな」


 やはり、あの地下は湿気しっけが多いので、かわきが悪いらしい。


「笑った顔みたいな水のあと?」


 三根は少し考え、そう言えなくもないが、とつぶやく。


「やっぱ、子どもは面白いこと考えるな……」


 他の刑事たちがちらちらこちらを見ている。


 そろそろ潮時しおどきかな、と思った叶一は、

「あと、もうひとつだけ―」

とお約束にきいた。


「昔、この学校で、なにか事件か事故かなかった?」


「あったかもな。


 なんせ、古い建物だ。

 戦前からあるらしいぞ。


 そのころのこととかは色々ありすぎてすぐにはわからんだろ」


 そうだね、とあいまいににごす。


 三根はまだこちらをうかがっていた。


 何故なぜか三根にはまだ、あの美弥が見たという少女の遺体いたいの話はしない方がいいような気がした。


 あれは過去の映像なのか、未来に起こることなのか。


 それとも、ただの夢なのか――。


 自分が今、三根に話すまいとするのは何故なぜだろう。


 どうせ、三根が莫迦ばかにすると思っているからなのか。


 それとも、ただ、彼らと子どもだましの夏の探検たんけんごっこをつづけたいからなのか。


 美弥が言うように、自分もまだまだ子どもなのかもしれない。


 そう叶一は思った。





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