AM0:30


 



 外に出ると、校舎から少し離れたところで、河合と美弥が話していた。


 河合は何度かうなずき、美弥の肩を軽くたたくと陽気に校舎にけ戻っていった。


 通用口に立っていた警官に頭を下げ、そのまま入っていく。


 見ると、美弥は、今叩かれた肩をサッサと払っている。


「なに話してたの?」


「ん。別に。

 三根さんがさがしてたみたいね。


 教頭の祝儀しゅうぎを受け取った件で」


 結構いい先生なんだけどね、と灯りのもれる旧校舎を見つめ、美弥はつぶやく。


 さっきの態度から見ると、本心そう思っているとは思えないのだが。


「なんというか、元気さが空回からまわりというか。

 いかにも今の若者らしく、計算高いし。


 そういうところが教頭とうまくいかなかった理由かしらね」


「あ、うまくいってなかったんだ……」


 三根さんの話は聞いた? と美弥がふり返る。


「うん。たいした話は聞けなかったけど」

死亡推定時刻しぼうすいていじこくやなにかについて語って聞かせた。


「あのれたあとは残ってた、か。

なるほど、やはり湿度しつどが高くて消えにくいのね。

 あの時点じてんでどのくらい残ってたか知りたいんだけどなあ」


「……美弥ちゃん、まさか、また僕にパシれって?」


 そんなこと言わないわよ、と美弥は腕を組んで校舎をにらむ。


 中で行ったり来たりしている警官たちが見えた。


「あと、昔あそこで事件か事故かなかったかってきいたよ。

 建物が古すぎてわからないって言われたけど」


「ずいぶんアバウトなきき方したのね」


「……なんとなく。

 ああ、君の話をうたがってってわけじゃないよ」

 そう言うと、こちらを見て笑う。


「別に疑ってくれてかまわないわ。わたしも疑ってるし、あれにどんな意味があるのか、意味なんかないのか、わたしにもわからないもの」


 もし、あれが霊だとして、と叶一は仮定かていする。


「ほんとに浩太ってやつには見えなかったのかな?」

 そうねえ、と美弥はつぶや《つぶや》き、何事なにごとか考えるような素振そぶりをする。


「ねえ、叶一さん。ひとつきいてきて欲しいことがあるんだけど」


 やっぱり、パシリ? と叶一は苦笑いする。


「なに? やっぱり、死んでた女の子のことに限定して訊いてきた方がいい?」


「それはもういいわ。

 あのね、父兄の人のところに言って――」

と美弥は声を落とす。


 聞き終えた叶一は、

「なんで?」

と彼女に問う。


「なんでもいいから。

 ……ま、猫見てりゃわかるんだけどね」


「猫?」

 ばちに言う美弥に、叶一は首をひねる。


 美弥は音は聞こえてこないのに、どこかさわがしげな校舎を見て言ってきた。


「ねえ、叶一さん、犯罪はんざいって、どこまでが犯罪なのかしら」

「はい?」


「そして、どこからが犯罪なのかしら」


 いつもながら、小学生の台詞せりふとも思えない。

 こういうときの美弥は、隆利とっても勝てるのではないかと思ってしまう。


 事実、大輔の自由をその父親から勝ち取ってきたのは美弥だ。


 美弥が公立に行くと行ったから、隆利は大輔も行くことをゆるした。

 美弥は大輔のぜったい間違いのないお目付めつやくでもあるからだ。


「ま、とりあえず――」


 とりあえず? と見ると、美弥の手には懐中電灯かいちゅうでんとうがあった。


不法侵入ふほうしんにゅうと行きますか?」


 美弥は、子どもの顔に戻り、微笑ほほえみかけてきた。





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