佐田

  



 警察が右往左往うおうさおうしている配膳室はいぜんしつ前からはなれた廊下ろうか


 佐田さだは、そっと保健室から抜け出してくる倫子を見つけた。


「三根?」

 そう呼びかけると、びくりとする。

 あからさまに、しまった、という顔をした。


「どこ行くんだ? まだ寝てたらどうだ?」


「いやその、落ち着いたから、テントに戻ろうかと」

 ははは、と苦笑いする。


 だが、ただテントに戻るのなら、そっと抜け出す必要はない。

 じっと見つめていると、倫子は口をった。


「ごめんなさい。目が覚めたら、美弥も一美もいないし、たぶん、みんな……」


 佐田はため息をついた。

 あのメンツがおとなしくしているはずがないと思ったが。


「三根、これはいつもの冒険ぼうけんごっことは、わけが違うんだ。人がひとり死んでるんだぞ」


 彼女たちが無謀むぼうなことをしないように、わざときつく言う。

 ごめんなさい、と倫子は小さくなった。


「でも、私たちも知りたいんです。なんで教頭先生があんなことになったのか」

「だから、それは――」


 警察にまかせておけと言いかけた佐田だか、うつむいた倫子の真摯しんしな瞳にだまる。


「私、教頭先生好きでした。普段ふだんはちょっと気難きむずかしげな顔してるけど、ちゃんと私たちとも遊んでくれるし。事故だとしても、なんであんな風に……」


 倫子は涙ぐむ。


 佐田は溜息をついて、目の前の生徒を見つめた。


 止めようとしても、きっと彼らは止まらないだろう。

 倫子や一美だけならともかく、あの三人がいる。


「わかった……。


 でも無茶するな。

 警察の邪魔じゃまもするな。


 危ない目にあいそうになったら、すぐ引き返すか、大きな声で大人を呼べ」


 よく言い含めると、倫子は真剣しんけんに何度もうなずく。

 佐田は笑った。


 本当に子どもはかわいい。


 子どもゆえの残酷ざんこくさを持ち合わせてもいるが、さっきだって、ただ外に出るだけなら、あんなにこそこそしなければ、不審ふしんに思われずにすんだのに。


 心のやましさがすぐ態度に出てしまう、そのすなおさが好きだった。


 ま、近衛とかはまた別だがな、と厄介な生徒を思う。

 近衛美弥は、優等生だが、扱いづらい。


 子どもっぽいところもあるくせに、頭がいいせいか、妙にしたたかだ。

 特にこんなときには――。


 今も相手が美弥だったら、こっちが、つるっと言いくるめられていたことだろう。

 大学のときの女友だちたちくらいの口のうまさだ。


 ありゃ、久世も苦労するわ……。


 美弥が実質じっしつ、大輔の許婚いいなづけであるというウワサを、佐田も知っていた。


「気をつけていけよ」

と肩をたたくと、はいっと倫子は、うれしそうに勢いこんで言う。


「ところで誰と誰が参加すんだ。そのつどい」


 なにかあったときのために、一応把握いちおうはあくしておこうと問うと、

「別に打ち合わせてるわけじゃないですけど。たぶん、美弥と久世と一美と―― 一志は来ないって言うかな?


 でも、一美に引っ張られてくると思うし。

 あと、出来れば、叶一さんと、そうだ、浩太くん」


「浩太?」

「私立の子なんですよ。久世の友達みたいです。瀬崎浩太」


 ふうん? と佐田は適当な相槌あいづちを打った。


 居ただろうか、そんな生徒。


 まあ、けっこう人数が居るので、他校たこうの生徒の名前まで、ぜんぶ把握はあくしているわけではないが。


「あんまり無茶むちゃするなよ」


「はいっ。

 わかってますっ。


 それから、つかまっても、先生が見逃したなんて言いませんからっ」


 捕まってもって、何をする気だ、と苦笑しかけた佐田だったが、その笑いを止める。

 目の前にある幼い顔を見ながらつぶやくように言った。


「夏の冒険は楽しいけどな」

「……はい?」


「真実を知ることが、いつもいいことだとは限らないぞ」


 ま、これは大人の意見、と気持ちを切りかえて笑う。

「じゃ、みんなにもよく言っておけよ」


 はいっ、とけ出していく。

 倫子の後ろ姿が通用口に消えるまで、佐田は見送った。







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