裏の崖 ―美弥―

 




「へー、佐田先生がそんなことをね」


 前を歩きながら、叶一が言う。


「あいつも教師の自覚じかく薄いよね。

 止める気ないのかな?」


 そのうしろで、一志と一美の声がする。


「ねえねえ。

 これって、幽霊よりクマが出るんじゃない……?」


「なに言ってんのよ。


 何時だと思ってんの。

 クマももう寝てるわよ」


「そ、そう?」


 浩太いわく、幽霊の出る林を通り抜け、山をぐるっと回って元校舎の裏に出る。


 このキャンプ場は山を切りくずしてできているので、そこはがけだった。


「ここに、むかし、防空壕ぼうくうごうがあって、そこからこの建物の地下につづいてたんだって」


 いざというときのために持っているだけのけられない懐中電灯かいちゅうでんとうで、叶一ががけを示す。


「防空壕? 何処に?」

と今はがっしり木がしげり、つたかずら繁茂はんもするその急な斜面しゃめんを一美がのぞき込む。


 月が少しかげってきたので、よく見えない。


一瞬いっしゅんだけ、あかりつけてみようか」


 やはり見えないらしい叶一が目を細めて言う。


 パッと灯りが灯って、ぐるっと崖の下の方をでるように小さな光が動く。


「速いわよ、叶一さん」


 ゆっくりはできないとわかっていて、このままではまったく見えないので、美弥が叶一の手にれたとき、


「……右下」

という聞きなれた声がした。


 光がその辺りで止まる。


 声の主のいる場所の、向かって右の下の方。


 たれ下がるかずらのすき間に、小さな穴がぽっかりと口をけていた。


「あった!」


 思わず、全員が声を上げたとき、


「誰だっ!?」


 旧校舎の方から声がした。


「いやだ、お父さん!?」


 叫んだのは警官らしく、廊下からこちらを指差していたが、そのとなりで、のぞいているせたシルエットは、たしかに三根のものだった。


 未知みちの空間より、よく知っている怖いおっさんの方が怖いのか、一志が葛をかき分け、反射のようにその小さな穴に飛び込んだ。


「あっ、一志! ずるっ!」


 言いざま、一美もつづく。


 彼女たちが先に入ったことで、倫子も安心したのか、後につづいた。


「美弥ちゃん、早くっ」


 腰をかがめ、半分、中に入りかけた浩太が、葛を持ち上げ、こちらをふり返る。


「う……うん」


 大輔は崖の前に立ったまま、好きにすれば、という目で見ている。


 別に三根が怖くないからというのもあろうが、この淡々たんたんとした表情。


 本当に判断に困る。


 このわたしでさえも――。


 美弥はかがみ、大輔に向かって手をばした。


「行くわよ! 大輔」


 ほぼ命令に近い形でそう言う。


 多少イラだっていたかもしれない。


 大輔は仕方しかたなさそうに後につづく。


 そうしている間にも、こちらに向かってけて来る二つの人影が見えた。


 叶一はうしろをふり返り、軽く三根に向かって手を振ると、自分も後につづいた。






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