最終章 図書室の怪談

古いノート


 




「うわっ、怖ぇ~!」


「あるあるある!

 これ、知ってるよ、しちにんびしゃくって!


 人がける沼でしょう!?」


 大輔が見つけた何冊かの古いノートは、今の学校には残ってはいないものだった。


 この校舎は今でもあるから、空襲くうしゅうで焼けたわけではないだろう。


 いくつか分かれた学校のうちのひとつにあるのか。


 誰かが持ち去ったのか。


 怖い怖いと言いながらも、きそい合うように読んでいる一志たちを横目に見ながら、美弥はぼんやり棚のひとつに背を預けていた。


 叶一が横に来る。


「見ないの?」


「だって、そんなに冊数ないじゃない」


「別のことが気になってるみたいだね」


 少し間を持たせたあとで、叶一は言ってきた。


「もしかして――


 美弥ちゃんにはもう、犯人、わかってるとか?」


「どっちの?」

と言って、美弥は笑った。


「どっちのって……」

と叶一は言葉をつまらせる。


「教頭殺しの犯人か。

 あの配膳室の女の子殺しの犯人か」


 美弥は、そう言いながら、棚から身を起こした。


「ああ、やっぱりあっちも殺人なんだね」


 いつものように、のらりくらりとした口調で言う叶一に、こういうところは大輔と似てるな、と思う。


 肝心かんじんなところで、感情が見えにくいというか。


「まあ、よくわかんないけどね」

と言いながら、美弥は床に座り込んで、古いノートを見ている一志を見下ろした。


 怖がっているわりには、何故か一番ページが進んでいるらしい。


 物も言わずに読んでいるが、おびえたり、衝撃しょうげきを受けたりしているのが、全部顔に出ていて、面白い。


「でもさ。

 結局、これってもう、理由探しよね」


「理由探し?」


「何故、教頭が殺されたのか。

 何故、わたしたちがここへ引きずり込まれたのか。


 あの女の子の死体はなんの関係があるのか」


 その理由をただ探してるだけ――。


 そう言った美弥に、叶一が確信かくしんしたように言ってくる。


「やっぱり、美弥ちゃんの中では、結論けつろん出てるんだ?」


「結論?」


「つまり、犯人だよ」

と叶一は言った。


「美弥ちゃんには、それがわかっているのに。

 ただ、こうして、理由だけを探していることが、なんだか落ち着かないし、むなしい感じがしてるってとこじゃない?」


 そうか、そうかもね、と美弥はつぶやく。


 自分の中で、もやっとしているだけの感情を叶一に解き明かしてもらった気分だった。


 自分の感情なのにな、と不思議に思う。


 そして、どうして、叶一さんには、すぐそういうことがわかるんだろうな、とも思っていた。


 美弥は叶一を見上げ、

「犯人が事件を起こしてしまった明確めいかくな理由を知りたいような……知りたくないような」

とつぶやいた。


 その理由を知れば、自分は納得できるのだろうか。


 それとも、更にもやもやするだけなのか。


 今の自分にはまだ、わからない。


 そんなことを考えていると、叶一が言ってきた。


「それにしても、どうして美弥ちゃんには犯人がわかったの?」


「わかったって言うか、ほとんどかんなんだけど」


「勘?」


「昔、大輔はおぼれてから、霊が見えるようになった。

 わたしもあることがあってから、あることがわかるようになったの」


「なにそれ。

 また、怪しい話?」

と叶一は苦笑いして言ってくる。


 こんな状況下じょうきょうかにあってもなお、彼は超常現象ちょうじょうげんしょうに対しては、懐疑的かいぎてき様子ようすだった。


「違うわ。

 この上なく現実的な話よ。


 あのスマイリーマーク、覚えてる?」


「ああ、階段のところについてたっていう、れたようなあと?」


「あのあと、三根さんたちが来てからも、まだあれは消え残っていたんでしょう?


 てことは、あそこは湿度しつどが高いから、かなり前から付いてたのかもしれないってことよね」


 美弥の説明に、うん、と叶一はうなずく。


「ああ、なに。

 つまりはあれ、犯人がつけた跡ってこと?」


「……かなあって」


「なんでスマイリーマーク?」


 美弥は眉をひそめて、

「わたし、叶一さんはわかってるのかと思っていたわ」

と言う。


「何を? 犯人を?」


 そんなわけないって、と笑う叶一を美弥はじっと見つめた。


 すると、叶一は笑うのをやめ、

「……まあ、ちょっとうたがってる人はいるよ」


 そう白状してきた。


 事故ではなく、あの人が犯人なら、キャンプは即中止だね」


 どのみち中止よ、と美弥はばちに言う。


「でも、アリバイがあるのよね、たぶん。

 もどってみなければわからないけど」


「そうだね。

 確かめてみないと――。


 って、僕たちが思ってる犯人って、おなじ人?」


 二人はおたがいの顔をうかがうように見る。


「叶一さん、先に言って」

「美弥ちゃん、先に言いなよ」


 二人がじりじりと牽制けんせいし合っていると、誰かが、うわっと声を上げた。


 大輔だった。

 あわててノートを閉じている。


「なっ、なにっ?」


 大輔はごまかすように咳払せきばらいし、なんでもない、と言った。


 さりげなく、ノートをうしろにかくそうとする。


 美弥は、うたがわしい目で大輔を見てみたが、大輔は、

「なんでもないって言ったろ?」

とくり返すだけだ。


「大輔、それ、見せて」

と美弥は彼に手を差し出しながら、近づいた。




 

 

「叶一さん、先に言って」

「美弥ちゃん、先に言いなよ」


 そんな声が聞こえてきて、大輔は古いノートから顔を上げた。


 向かい合い、牽制けんせいし合っている叶一と美弥を見て、なにやってんだ、と思う。


 どうやら、二人には犯人の目星めぼしがついているようだった。


 だが、自分は、正直言まだ、見当けんとうもついてはいない。


 それは自分が入ってくる情報に対して、にぶいせいなのか。


 それとも、二人は知っているが、自分には知らないなにかがあるというのだろうか。


 そんなことを思いながら、くさくさした気持ちで、ページをめくったとき、その上に、ぼうっと目から上だけの人の顔があらわれた。


「うわっ!」

と叫んでノートを閉じる。


 今の……例の配膳室の子どもだ。


 ノートからはみ出すように流れていた彼女の黒髪が、指に何本かからみついていた。


 このページに何かある?


 鼓動こどうが速くなったとき、こちらの騒ぎに気づいた美弥が、

「大輔、それ、見せて」

と言いながら、せまってきた。


「待て。

 まず、俺が見る」


 またいきなりあんなものが出てきたら、美弥がおどろくと思い、大輔は強い口調でそう言った。


 そのいきおいいに、美弥は、

「……いいけど?」

と言いながら、不思議そうに手を止めた。


 このページに一体何があると言うんだろう?


 そう思いながら、そうっと今のページを開こうとしたとき、すぐ近くで、しゃがみこんで読んでいた一志が声を上げた。


「あっ、あったよ!

 配膳室のお化けの話っ」


 なにっ!?


 一志は床にノートを広げ、それにおおいかぶさるように身を乗り出すと、そのページを指差した。


 他を調べていたみんなも作業を中止し、一志のもとに集まる。 





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