図書室の怪談

 

 


 

 

 その日、校舎を出てきた美弥たちは、校門のところに、白いシャツにブルーのネクタイ、そして、それと同じ色の長ズボンをはいた少年がいるのに気がついた。


 シャツの胸には見たことのないエンブレムが入っている。


「浩太くん!」

と呼びかけると、浩太はコンクリートの門から背を起こした。


「大輔んちに聞いたら、こっちだって言うからさ」

と言いながら、やってくる。


「今日、登校日だったから」

と言う美弥に、浩太は、


「うちも」

と笑って言ってきた。


 浩太の姿をみとめ、わあーっと走りよった倫子たちが物珍しげにその制服をながめる。


「小学校なのに、長いズボンだよ」

と一志が言い、


「ってか、ネクタイが生意気なまいき~」

と一美が浩太の青いネクタイを引っ張っている。


「か、一美ちゃんっ。

 首、めないで……」

と浩太は訴えていた。


「浩太くん、歩いて来たの?」

と美弥がきく。


 浩太の家は、ここから遠いはずだか、と思ってきくと、

「駅から叶一さんに乗せてもらってきたんだ」

とうしろを指さす。


 遅れて自転車に乗った叶一が民家のかげから姿を現した。


 小さな坂を上がり、門の近くに自転車を止めると、


「ほら、差し入れ」

とみんなの前に近くの商店のものらしき、何も書かれていない真っ白なビニール袋を差し出す。


 中に入っていたアイスに歓声かんせいが上がった。


 一美たちは争うように、袋の中をのぞき込み、選んでいる。


 やれやれ、という顔をしている叶一に美弥は言った。


「叶一さんにしては気がきくわね」


「……君はね、ほんっとうに一言多いんだよね」


 そう言った後で、

「いや、みんな落ち込んでるかなと思ってね」

と言う。


 登校日、あらためて事件についての説明があった。


 みんなのショックをやわらげようとするように、校長先生はていねいに話してくれたが。


 そのことで余計よけいに事件を思い出してしまった生徒たちは、みな、涙ぐんでいた。


 佐田先生と教頭先生のいなくなった学校は、ぽっかり穴があいたようだった。


 あのあと、河合先生は、ウソの証言をしたことにより、厳重注意げんじゅうちゅういを受けたようだった。


 河合先生は、今は、佐田先生たちのいなくなったあとを必死でめようとがんばってくれているのだが、あいかわらず、空回りしている。


 まあ、そんなところが可愛らしくもある、と今の美弥は思えるようになっていた。


 あの事件で、ずいぶんと考え方が変わったような気がしていた。


 苦手だった御法川先生や、おかたいだけだと思っていた警察のみなさん。


 どんな人にも自分が見ているのとは違う一面いちめんがあると知ったからだ。


 そして、それはたぶん、自分だけのことではない。


 一美が一志が手にしていたアイスをうばい、二人でもめている。


 くすりと笑った美弥を横目で見た叶一が言ってきた。


「ねえ、美弥ちゃん……、またなにか、たくらんでない?」


「なんでよ。

 微笑ましく笑って見てただけじゃない。


 叶一さんは、わたしに対して、なにやら偏見へんけんがあるわ」

と言い返してみたが、


「いやいやー。

 笑っている美弥ちゃんは警戒けいかいした方がいいっていうのは、経験けいけんから知識ちしきだよー」

と叶一は笑って言ってくる。


 

 



 また何かもめてる……と思いながら、大輔は少し離れた位置で、美弥と叶一を見ていた。


 すると、側に来ていた浩太が言ってくる。


「遅かったね。

 みんな、とっくのむかしに出てきてたのに。


 なんで、君らだけ、こんな遅くまで残ってたの?」


「待たせたか。

 悪かったな」

と言ったあとで、大輔はうしろの校舎を振り返りながら言う。


「いや――

 図書室の怪談を書こうかと思って」


 話し合ってたんだけど、決まらなかった、と答えると、浩太は眉をひそめていた。


「書くの?」


「……たぶん、例の話じゃないよ。


 もう今年は書かないことも考えたんだけど、やっぱり、なにかは残そうと思って。


 この夏が、嫌な想い出だけじゃなかったんだって、後でふり返ったとき、みんなが思うように」


 夏の最初に、額を寄せ合い、のんきに怪談話を考えていた。


 そんなこともたしかにあったのだと残しておきたくて。


 佐田先生のためにも――。


「ほら、大輔。

 ソーダ、好きだろ?」


 浩太が取らないままだったアイスを投げてくれる。


 かじったアイスは下にあったものなのか、しもがついていて、みょうにかたかった。


 歯にしみる。


「ねえ、大輔」

と大輔が食べている間、黙っていた浩太が呼びかけてきた。


「言ったよね、僕。

 証明してみせてって」


 ふいに真剣しんけんになった浩太の瞳に、大輔はそれをかじるのをやめた。


「僕に証明してみせてよ。

 未来は変えられるんだと――」


 大輔は、まだあまい味の残るツバを飲みこんだ。


 それって――。


 浩太の目は、あいかわらず、楽しげにもめている美弥と叶一を見ている。


「ほら、大輔。

 なにやってんのよ。行くわよ」


 自転車を押して歩き出した叶一の横で、美弥が手を振る。


「今から、みんなで叶一さんとこ行くの。

 あんたも来るでしょー?


 浩太くんも」


 みんながわらわら彼らの後をついていくのを見ながら、大輔はその場から動けなかった。


「約束だよ、大輔」

 うしろから浩太の声がする。


「僕はおじさんを守れなかった。


 でも、未来は変えられないものだとは思いたくない。


 おとずれて欲しくない未来を変えられるからこそ、この力はあるのだと信じたいんだ」


 ひと息にそう言ったあとで、

「行こ」

と浩太は歩き出す。


 だが、大輔はその場に立ちすくんだままだった。


 未来は変えられないものだと思いたくはない。


 それは浩太の真摯しんしな願いでもあった。


 だが、今聞いたその未来を書きかえることが、本当にいいことなのか、今の大輔にはわからない。


 笑っている美弥と叶一を見ながら思う。


 その書きかえられた未来をあの二人は望むのか――?


「ほら、大輔」


 いらぬことを言っておいて、浩太は、もう忘れたかのように、

「行くよ。

 もう、なにやってんの」

と眉をひそめてみせる。


「お前な……」

と大輔はなんとか声を押し出し、浩太をにらんでみせる。


「お前のその話が、この夏一番のホラーだ!」

と左目を細め、にらんでみせたが、ははは、と浩太は無責任むせきにんに笑うだけだ。


 大輔もつられて笑ってみた。


 だって夏はまだ始まったばかりなのだから――。


 真っ青な空が自分の上にも、美弥たちの上にも大きく広がっている。


 みんなのあとにつづき、大輔たちもまた歩き出した。


 まだ、変えられるかもしれない未来に向かって――。





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