配膳室

 


 




「いーい時間になったわね」

不本意ふほんいにもね……」


 美弥は、イヤイヤそうつぶやくが、懐中電灯かいちゅうでんとうをにぎりしめた一美はノリノリだ。


 すでに地下につづく階段の前まで来ていた。


 うしろでは、まだ宴会はつづいているが、へべれけになってしまった彼らは、もう、美弥たちがいなくなっても気づきはしまい。


 女性陣じょせいじんとか、正気の人間もいるのだろうが、それはさすがに見逃してくれたのだろう。


「おっ、なにしてるんだ?」


 酔ったおっさんがトイレにでも出てきたのか、廊下のきしむ床を踏みしめる音がした。


 びくっとしたが、おじさんが話しかけたのは、自分たちではなかった。


 さっと壁のかげに隠れてのぞくと、佐田先生よりも若い河合先生が、祝儀袋しゅうぎぶくろを振りながら、昇降口しょうこうぐちの方からやってくる。


「差し入れでーす」

とおじさんにその祝儀袋をわたす。


「おっ、誰だ? 気がきくなあ」


 赤い顔で、にやにやとそれを開けようとする。


 だが、うしろから現れたおばさんに、さっとそれを取り上げられ、このうえなく残念そうな顔をする。


「どなたから?」


「教頭先生からですよ。

 さっきトイレで――」

という声を聞きながら、美弥たちは、こそこそ行こうとした。


「なんだ、現金かあ~」

とおじさんは、おばさんが開けたそれを見ながら、わかりきっていることをつぶやく。


「なんですか~?」

という声がした。


 話に釣られた学年主任が廊下に出てきてしまったようだ。


 やばい~っと一美は小さな声を上げた。


 だんだん、廊下の人口がふえてくる。


「おーい、誰か、酒買って来い~」

「佐田ー、河合ー、買って来い~」


 おじさんの声と、学年主任の声が重なる。


 ひいっ、もう今しかないっ、と階段に向き直ったとき、南側のわたり廊下の暗がりから、また現れなくてもいい男があらわれた。


 美弥たちはのどまで出かかった悲鳴を飲み込む。


「……なにやってん」


 美弥は叶一の腕をつかみ、そのまま一緒に階段横に引きずり込んだ。


「美弥ちゃ――」


「教頭ー、こういうときは現金じゃなくて、酒じゃなきゃーわかってないなー」

というおっさんのでかい声に、美弥たちの軽い足音はかき消されていった。


「あ~、やっぱやるんだ」


「やるんですっ!」

とやけくそで美弥は言い切る。


 目の前の古びたドアの上には、また古びた板がかかっていて、配膳室とすみで書かれていた。


「なんかこれって戦前からあるっぽい建物よね」

と倫子が言う。


 大輔は何も言わなかった。


 その語らなさをちょっと怪しいと思いながら、美弥はドアを見上げた。


「やっぱやるの?」

とやはりリーダーになってしまっている一美に、浩太がきく。


「今からまた見つかったりしたら、おおごとだよ。


 明日の休み時間にでも出なおそうよ」


 大輔の後ろにかくれ、そのシャツをにぎりしめている一志は、こくこく機械的にうなずく。


「いやよ」


 一美は言い切り、透けないスリガラスのはまったドアに灯りを向ける。


「明日になったら、誰かに先をされるかもしれない」


「ど、どうせ、だれも除霊じょれいなんかできないんだから、明日もいるよ」


「そういう問題じゃないのよ!」


 一美はキッと一志ごと浩太をにらむ。


「こんなおいしい場所、他の子たちも気づかないわけないじゃないっ。


 先に探検されたって言われるのが嫌なのよ。


 私は二番煎にばんせんじが大嫌いなのっ!」


 ……でしょうね、と力なく美弥は思った。


 鍵がかかってますように、そんな美弥の祈りもむなしく、古い木のドアは音を立てて開いた。








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