崖下 ―美弥―

 


 




 だいたい、どの辺だっけかな?


 美弥がぐるりと図書室を見回していたとき、同じように探そうとしていたらしい大輔が窓際から手まねきしてきた。


 みんなは少しはなれたところで、探していたが、たまたま近くにいた叶一と浩太も気づき、いっしょに彼のもとに行った。


「あれ」

と大輔は裏山を指さす。


 そこからちょうど、あのがけが見えた。


 今は植物や木々がしげり、簡単にはくずれそうにない。


 大輔が何を言いたいのかわからず、


「どうかした?」

と問うと、彼は振り向き、顔をしかめる。


「そうか。

 この校舎内でしか、お前らには見えないんだな。


 あの崖下に」


「女の人?」


「いや―― 教頭が立ってる」


「おじさんが?」

と浩太が身を乗り出す。


 目を細めて見てはいたが、やはり見えないようだった。


「おじさんはやっぱりあの崖下で女の人が死んだことと、何か関係あるんだろうか」


 あまり、みとめたくはなさそうに浩太はつぶやいていた。


「……ねえ。

 浩太くんは犯人を知っているのよね」


 美弥がそう問うと、浩太は少し迷って、

「見えたからね」

と言ってきた。


「もっとも、見えたときにはもう遅かったんだけど」


 そのとき、美弥は自分たちがいる窓の下の低いたなに、地方紙の縮刷版が並んでいるのに気がついた。


 最新号を取り出し、広げていると、うしろから一美が声をかけてくる。


「美弥、見つけたの? のってた?」


 美弥はそれを閉じてふり返り、

「ううんー。

 なかったー」

と叫ぶ。


「やっぱりこれより後なのかもね。

 それより、ほら、ここに卒業アルバムが並んでるよ。


 もしかして、あの配膳室の女の子写ってるかも」


 そう言うと、みんなわらわら寄ってきた。


 美弥はみんながそれらを引っ張り出し、ながめ始めるのを待って、本を手にしたまま、そこを離れた。


 北側の大きな棚の影にさりげなく入る。


 もう一度本を広げようとしたとき、

「こらっ」

と言う、おさえた声がした。


 びくりと顔を上げると、大輔だった。


「ちょっとびっくりさせないでよ」

と文句を言ったが、大輔は左目を細めてにらみ、


「コソコソとなにやってんだ」

と言ってくる。


「なにって、その、もう一度よく見てみようかなーなんて」

と言って、美弥は、ははは、と笑って見せたが、


「なにが、なかったー、だ」

と大輔は微妙びみょうに似ている美弥のモノマネをしながら言ってきた。


「あのスピードで探せるはずないだろ。

 なにみんなを追っ払って、ひとりで見ようとしてるんだ」


 嫌な予感がするからに決まってる、と思いながらも、美弥は、大輔にすら、ごまかすように、

「でもやっぱり、雨季だとは思うのよね」

と早口に言った。


「梅雨か台風。


 秋の長雨……はいっしょか」


 美弥がページをめくるのを大輔はだまってみていたが、やがて口を開いた。


「何故、みんなに知れないようにする。

 なにか見せたくないわけでもあるのか」


「あんまりね」

とみとめると、大輔は、


「どのみち、いつか知れることだろう?」

と彼らしい、いさぎよさで言ってくる。


「大輔」

と美弥は顔を上げた。


「ねえ、大輔にも犯人わかってる?」


 すると、大輔はこの上なく嫌そうな顔をしたあとで、言ってきた。


「わからないとは言わない。

 そうなのかな、と思っている人はいる」


 そうみとめたあとで、

「だが、お前たちがその人にたどり着いた理由がわからない」

と言う。


「大輔は、なんでその人が犯人じゃないかと思ったの?」


 大輔はひとつ、ため息をついたあとで、言ってきた。


「この校舎に俺たちを閉じ込めたやつは、俺たちに真相しんそうをさぐらせることにより、俺たちがその人が犯人だと知ったのときのショックをやわらげさせようと思っているんじゃないかと思いはじめたからだ」


 その人がこんな事件を起こすことになった理由を知ることで、自分たちの気持ちが少しでも、やわらぐかもしれないと、自分たちをここに閉じ込めたモノは考えているんじゃないかと言いたいのだろう。


「まあ、いきなり、犯人を知るよりはマシかもね。


 でも、ずいぶんおやさしい霊だこと。


 性善説せいぜんせつにもとづいて生きてる大輔らしい説ね」


 ちょっとけんの混ざってしまった言葉に、大輔は眉をひそめる。


「お前は違うと思うのか?」


 そう問われ、美弥は、

「……実は、わたしもそう思い始めてたの」

と白状する。


 わかってはいた。


 でも、みとめたくなかった。


 大輔の話が本当だとすると、やはり、犯人はあの人しかいない気がするから。


「お前はなんでそいつを怪しいと思ったんだ?」


 大輔がそう突っ込んできいてくる。


「大輔、覚えてる?

 わたしが一年生のとき、登校中、雪道で転んだの」


 突然、飛んだ話に、はあ? と大輔が声を上げる。


 その大きさに、みんなに聞こえるのではないかとあやぶんだが、まあ、どのみち、そろそろタイムリミットだろう。


「派手に腰を打ち付けて、通りかかったあんたが保健室まで連れてってくれたよね」


「あ、ああ。

 あのあと、病院へ行って。


 おい、なんで今そのことが――」


 そう言いかけた大輔が、はっ、と息を飲む。


 気づいたようだ。


「まさか。

 あの階段のスマイリーマークは……」


 そう、と美弥はうなずく。


「あれ、入り口側から見たら、丸い目がふたつと笑ってる口もとに見えたけど。

 ほんとは、たぶん、ふたつの目はお尻をついたあと


 口もとは服のすその部分だったのよね」


 あれは誰かが尻餅をついた跡だったのだ。


「前の日のなごりで、けっこう建物のまわりの木がれてた。


 歩いてたら、突然、水が降って来ることがあるから、それで濡れたのかもね。


 配膳室の奥の水たまりで一度転んで濡れたとも考えられるけど」


「まあ、どちらでも、靴は濡れないな。

 靴跡は残らなかったわけだ」


「おそらく、そのどちらかの方法で濡れた後、階段で転んで跡がついたんでしょう。


 だけど、その後すぐ外に出れば、暑いから服はかわいたはず」


「ま、多少濡れてても、暑いから汗かと思うよな。

 で? その腰を打ち付けたのが犯人ってわけか?」


「たぶん……」


「にしても、笑った顔ね」

と大輔はちょっと小莫迦こばかにしたように笑う。


湿しめった地下室でゆっくりと乾いていったから、丸が小さくなってて、余計にそう見えたのよ」


「あの場所でさえなければ、夏だからもっと早くに乾いたろうにな」

と大輔は言った。


 そう、いっそ乾いていてくれればよかった。


 そしたら、わたしはあの人を疑わずにすんだ。


「わたしは動機も知らないし、アリバイも知らない。

 だけど、ちょっと気になって、とりあえず、アリバイを確かめようとした」


「どうやって」


「それと関係あるのかな?」


 ふいにりこんできた声に顔を上げる。


 棚と棚の間の通路つうろに叶一が立っていた。


「僕がずっと気になってたのは、君が河合を呼び止めてたことなんだけど」






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