夕暮れの旧校舎
「ここって……あの
倫子がつぶや《つぶや》く。
扉の先に広がっていたのは、まぎれもなく、あの地下の配膳室だった。
だが、そこには死体もなく、警察もおらず、ただ静かに、明かりとりの窓から、夕暮れの光が落ちている。
夕暮れ――。
まただ。
どうして?
さっきまで外は闇に包まれていたのに。
「なんだか……新しくない? ここ」
一美が見まわす。
言われてみれば、壁の木も、食缶を置くための
ふり返ると、浩太がなにごとか考え込んでいる。
「そうか……。
そういうことだったのか……」
そんなつぶやきが小さく聞こえた。
それを気にしながらも、美弥はひとり
教頭の死体があった場所には、水たまりもなにもないし、それに――。
美弥は、まだ
そこに近づきかけたとき、ビビヒビッとガラスが
また地震!?
そう思って身をすくめ、辺りを見まわした
「美弥!」
「美弥ちゃん!」
誰かが自分を突き飛ばした。
悲鳴が上がる。
側にあった巨大な木の
「美弥! 大丈夫?」
倫子たちが
「わたしは大丈夫……だけど。
大輔、大丈夫?」
「かろうじて」
大輔の視線の先には、彼の足すれすれに落ちた
あれだけの数の食缶を支える棚、かなり重そうだ。
「美弥ちゃん、大丈夫?」
と浩太がおそるおそるといった感じで
「大丈夫よ、ありがとう」
と
「にしても、よく間に合ったな、大輔」
と叶一が言う。
そうだ。
大輔の
「棚がぐらついたのが見えたから」
とそっけなく大輔は言う。
手を貸そうとしたが、勝手に立ち上がった。
「にしても、ここ、
「これ、元に戻さなくて大丈夫かなあ」
「勝手に倒れてきたんじゃないの」
倫子たちがうしろで、わいわい言っている。
次々にいろいろ起こるせいで、恐怖に対する感覚が
人数が多いせいか。
それとも、このメンバーだからか。
みんな意外に
「美弥ちゃん」
とさり気なく側に来た叶一が小声で呼びかけてくる。
「……やっぱりビンゴかも」
と小声で美弥もささやいた。
「え?」
「でもさっき、両方が叫んだのよね」
突然棚がぐらついた瞬間、叫んだのは、大輔と浩太だった。
なにも言わない叶一に顔を上げると、なにやら
「なに?」
「いや。僕ねえ、君みたいな奥さんはちょっと嫌かも」
「はあ?」
と言うと、
「なんでも見えすぎるのはちょっとね」
と美弥の頭を叩いて行こうとする。
なにそれ、と美弥は叩かれた頭に手をやった。
「だって、なんの悪さも出来なくなるでしょ」
そう言って叶一は笑う。
……しなくていいじゃないの、と思ったとき、一志がこわごわ口を開いた。
「あのさあ」
「なに!?」
呼びかけただけで、まだ何も言っていないのに、
だが、びくびくしながらも一志は言った。
「お手洗い行きたいんだけど」
「なに言ってんのよ。
その辺でしなさいよ、その辺で!」
「なんてこと言うのさ。
僕いくつだと思ってんの!?」
「あんたなんかまだ子どもでしょっ」
と双子のはずの一美は言った。
「い、いや、トイレならあると思うけど」
哀れに思った浩太が、口をはさむ。
「外に――」
浩太が指差した一階につづくドアを見て、全員が黙り込む。
そりゃそうだ。
ここは校舎なんだから、必ずトイレはあるはずだ。
というか、ある。
ここが本当に自分たちが知るあの旧校舎ならば。
「それしたくないから怒鳴ってたんでしょ!?」
ともっともなことを一美が言った。
こんな訳のわからない場所で、更に外になんか出たくない。
何が待ちかまえているかわからないのだ。
「一志、外でして来なさいよ。
外で~!」
「どのみち、ここ出なきゃ
言い争う一志と一美の声を聞きながら、美弥は背後をふり返った。
「今来た道は?」
ドアに手をかけて立っていた大輔が言う。
「お約束に開かないぞ」
まあ、予想はしていたので、特にショックでもない。
と思ったが、倫子は予想していなかったらしく、泣き出した。
「お父さんに逆らったからだ~。
いっつもお父さんと
めそめそ泣く倫子を見ながら叶一が呆れたようにつぶやく。
「すごい教育だな、三根さん。
子どものころ、親がぜったいって教え込んだんだろうなあ。
だから、逆らうと自分の中の
「三根さん、しつけは厳しいからねえ。
ちょっとあれだけど、でも、これなら悪さもしないんじゃない?」
「なに
そんな話は親になってからでもしろ、とすげなく大輔が切り捨てる。
「そんなことより早くしないと、一志が限界だ」
見ると一志は小鹿のように、ぷるぷる震えている。
もう、しょうがないな、と一美が一志の肩を叩く。
「わたしがついて行ってくるわ。
みんな待ってて。
後で、ようすを知らせに来る」
「一美、危ないよ」
「そうだな。
バラバラにならない方がいい。
みんなで行こう」
こういうときはやはり、大輔が仕切る。
叶一が
「まったくあんたのせいで~」
と一美は一志を
「どのみち、ずっとここにいるわけにはいかないんだから、出るしかないだろう」
大輔が
「こいつがやることはわたしの
そう言い捨てて、一美は先頭を切ろうとコンクリートに足をかけた。
美弥は倫子と顔を見合わせて笑う。
なんのかのと言いながらも、一美が一番、一志を心配している。
そのとき――
ふふふふ……
幼い子どもの笑い声のようなものが、
一美が足許を見下ろし、
今まさに足を下ろそうとしたコンクリートに、
じっと一美を見上げている。
そして、笑った。
ふふふふ……
ひぃゃあああああっ
ものすごい悲鳴を上げて、全員が戸口に押しかける。
あれだけ嫌がっていたくせに、あっさり扉の外に飛び出した。
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