図書室の怪談

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

第一章 夏のはじまり

夏のはじまり

夏のはじまり


 

 



「これって、うちのおばあちゃんちの近くの怖い話なんだけどさ」


 夏休み前の図書室。

 いきなり声を落として、前かがみになった一美かずみに、美弥みやはとなりに座っていた大輔だいすけの腕をつかんだ。


「山のそばにある家でね。


 悪いことがつづくから、どうもおかしいってことになって、霊能者れいのうしゃの人を呼んだんだって。


 そうしたら、

『おたく、庭のすみに使われてない古い井戸がありませんか?』

 って」


 いつもはそうぞうしい一美が、静かに話すので余計怖い、と美弥は思っていた。


拝見はいけんしてもよろしいですか?

 って言うから、井戸まで案内したんだけど、その古井戸を開けたとたん、霊能者の人が


『うわあっ!』


 ――って」


 突然叫んだ一美に、椅子から落ちそうになった美弥の腕を、今度は大輔がつかむ。


 なんとか持ちこたえた美弥が、

「もうっ。おどすの反対!」

と一美にふくれて見せると、


「ごーめんごめん。

 そんなつもりじゃなかったんだけどさ」

と、そんなつもりだったくせに、一美はそう言い、大きな口を開けて笑う。


「一条、その話はそこで終わりか?」

 特に聞きたくもなさそうに聞いていた大輔がそこで口をはさんだ。


「違うよ、これからだって」

と一美は身を乗り出す。


 美弥の右横で、一番おびえたそぶりを見せていた倫子のりこは祈るように手を合わせていたが、席を立つつもりはないらしく、息をつめて聞いている。


「それでね。

 霊能者の人がその井戸をのぞくと。


 中に女の人がいて、下から、じっとこっちを見上げてるんだって。


 あわてて古井戸を閉めたその霊能者は、

『ちょっと私の手にはおえないようです。

 もっと力の強い方を紹介しましょう』


 って言って、帰っちゃったんだってー。


 その霊能者の人、近くの街から、さらに強い霊能者の人を呼んでくれたんだけど。


 その人はもう近寄りもしないで、

『私は、ここから先へはとても行けません』


 って言って、逃げ帰っちゃったんだってー!」


 ようやく終わったらしい話に、ほうっと息をついた美弥は大輔から手をはなす。


 大輔が、美弥につかまれて、真っ赤になった腕を見ながら、

「よく考えたな、一条」

と一美に言っていた。


「考えたんじゃないって。

 ほんとだよ」

と一美は頬をふくらませ、大輔を見る。


「じゃあそれ、どこの話だよ」

と大輔が一美にきいた。


「うちのおばあちゃんちの辺だってば」

と一美が住所をつげると、倫子が、ああっ、そこ、行ったことあるっ、と悲鳴を上げる。


 窓を開け放しただけの図書室は、校庭の大きな木のかげになっているとは言え、こうして、みんなで寄り集まると、かなり暑かった。


「でさ。

 霊能者も寄りつけないその場所は、今でも、そのまんまになってるんだって」


 一美はつづけて話したが、彼女が必死に話せば話すほど、大輔の相槌あいづちは、ふうん、と適当になっていく。


 一美は大輔との間にある大きなテーブルに手をつき、叫んだ。


「ちょっと、久世くぜ

 人のことより、あんたもなんか仕入れて来たんでしょうね。


 約束でしょ?

 アルバム委員でひとつ話を残すのっ」


 美弥たちの学校には、代々伝わる怖い話の本がある。


 それは正確にはノートなのだが、生徒たちが長い年月をかけて書きこんできたものだ。


 真実もあれば、作り話もある。


 どちらにしても、それは図書室をおとずれる生徒たちの楽しみのひとつだった。


「うちのお母さんたちの代の残したのは、すごかったのよ~。

 私、ぜったいあれには負けたくないっ!」


 そう一美が言いはる。


 書きこむのは匿名とくめいでもいいのだが、なんとなく、アルバム委員は名前を書いて、ひとつ怖い話を残すようになっていた。


 必ず書かねばならないわけではないが、美弥たちも想い出作りに、ひとつのせようということになったのだ。


 それで、アルバムの案などそっちのけで、怪談を作成すべく、こうして図書室で頭を寄せ合っているのだが――。


 にらみ合う二人にはさまれ、古いノートをめくっていた倫子が、

「あ、嘘。

 お父さん……」

とつぶやく。


 横からのぞきこむと、たしかに三根みね倫子の父親の名がしるされていた。


 近所なので、美弥も倫子の父はよく知っている。


 倫子に似て、やせぎすの県警の刑事をしている男だ。


「もうすぐ夏休みだわ。

 それぞれ、おばあちゃんちとかに行くんでしょ?


 いい話、仕入れて来てよ?」


 仕切しきり屋の一美が言う。


 その横で、

「僕がアルバム委員長だったような……」

と先ほどからまったく発言していない一志かずしがつぶやいていた。


 一志は一美の双子の兄だ。


 そうか。

 夏休みかあ。


 なにしよっかなー。


 大輔や倫子とプールに行ったり。


 そうだ。

 叶一きょういちさんちに遊びに行こうかな。


「美弥、歯ブラシ買った?」


 とつぜん、倫子にそんなことを言われ、は? と美弥は顔を向ける。


「やだな。

 忘れたの?


 地区のキャンプじゃない。

 二十五日から」


 ああ、そうだったな、と思い出す。


 地区のキャンプとは言っても、ほぼ六年生の学校行事のようなものだ。


 半分、強制参加だし。


 違うのは、同じ地区で、付属ふぞくや私立に行っている子もまざるということくらいだ。


「いちごに歯ブラシ見に行くって言ってたじゃない。

 かわいいのあったんだったら、私もあそこで買おうと思ってたのに~」


 『いちご』というのは、近くにある女の子向けの雑貨屋ざっかやさんで、クラスの子たちはみんなあの店に買いに行く。


「ごめん。まだ。

 今日いっしょに行こうよ、大輔も」


 大輔が横で、なんで俺まで、という顔をする。


「あっ、久世もいるんなら、ついでに叶一さんとこに行こうよ」


 何がついでよ、と美弥は苦笑くしょうする。


 左右田叶一そうだ きょういちは大輔の親戚しんせき、ということになっているが、ほんとうは、大輔の祖父が外に作った子だ。


 美弥たちよりは五つ上で、もう高校生になっている。


 どうしたことか、倫子は叶一にあこがれているようだが。


 顔はまあいいんだけど、変人なんだよなあ、叶一さん……。


 だが、そういうところが、大輔と似てなくもない。


 もっとも大輔は、変人というより、ただの頑固者がんこものなのだが。


 ちらと横を見ると、大輔は、特に嫌だとも言わずに後片付けをはじめていた。


 親戚中からあまり叶一には近づくなと言われているようだが、二人は気が合うようだった。


 美弥たちを理由に会いにいけるので、うれしいのかもしれない。


 それにしても、感情が顔に出ないよなあ。


 美弥は一番古い幼なじみの、ムダに人を緊張きんちょうさせる横顔を見ながら思う。


 その視線しせんに気づいたように振り向いた大輔に、なんだよ? とにらまれ、そらした瞳が、四角く切り取られた窓の外を見た。


 まぶしい夏の空にくらりと来る。


「夏だなあ」

「夏だねえ」


 倫子と二人、意味のない言葉をつぶやき合う。


 それが、小学校最後の夏休みのはじまりだった――。





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