第51話 桃太郎アナザー~真の支配者~

 昔々さる場所に一人のお婆さんがおりました。彼女は愛する夫のために毎日川へ洗濯をしに(たまに夫に内緒でこっそり川沿いの温泉に命の洗濯?をしに)足を運んでいましたが、もっと人生の有意義な楽しみが欲しいと常々思っておりました。


 そんなある日、お婆さんが川で洗濯していると大きな桃がどんぶらこっこと……以下略。


 そして時は過ぎます。


「僕が絶対に絶対に絶対に絶対に絶ーーーーっ対にっ、鬼共をやっつけて平和を取り戻します! それまで体に十分に気を付けて待っていて下さいお婆さんお爺さん!」

「ああ桃太郎……っ! 必ず無事に帰ってくるのですよ? 絶対ですよ?」

「はいっ、お館さ――いえお婆さん!」


 教育の賜か、正義感が強く育ったおかけで鬼退治に行ってくるという感心な桃太郎にいたく感動したお婆さんは、思いやりや丹精なんかを込めた手作りのきび団子を拵えてやり、それらを持たせて出立を見送ってあげました。

 お婆さんのきび団子に桃太郎は猛烈に男泣きして感激したそうです。


「道中気を付けて行くのですよ~!」

「はい! お二人もマダニや毒蛇、獣や熱中症、あと山火事や大雨、大風や地震……あとは暗殺者などにも重々注意してお過ごし下さい!」


 細かい心配を口に何度も何度も後ろ髪を引かれる思いで振り返る桃太郎の姿がとうとう見えなくなるまでずっと、お婆さんは腕が疲れても頑張って手を振ってあげました。

 暗殺者?と縁のない言葉に首を傾げていたお爺さんもそうでしたので、二人は二日後くらいに酷い筋肉痛になるでしょう。それも覚悟の上です。


 そうまでしたのは、お婆さんと(人間かどうかもよくわからないけれどたぶん人間括りでオケ!な)桃太郎は実の親子のように本当に仲が良く、日々様々に互いを案じ、時に互いに素知らぬ顔で自分の食事をそっと分けてあげるなど、傍で全てを見ていたお爺さんの感涙を誘う程でした。


 お爺さんはそうです心温まるやり取り全てを目撃していたのです。

 つまりは蚊帳の外も同然でした。

 耳も遠いので時たま二人が真剣な面持ちで何の話をしているのかわからない時もありましたが、概ね互いの身を案じ合っているのだろうとして一人で感動していました。


 勿論二人はお爺さんのことも大変に大切に思っています。川の字で寝るのは当たり前でしたし、決して気の毒男親ではありません。


「行ってしまったのう、婆さんや」


 お爺さんがしんみりしていると、お婆さんは予想に反して凛としています。


「そうですねえ、お爺さん。ですが、きっとあの子ならやり遂げてくれることでしょう。ほほっ」

「ああ、そうだのう。しかしそうは言っても案じてしまうのが親の性だ。せめてわしがあと五十年若かったら一緒に行けたろうに。ああ心配だのう」

「お爺さんは本当に心配性なんですから。しっかりとした子に育ちましたし、きちんと私の……いえ私たちの言葉にも耳を傾けてくれる優しい子にもなりました。信じて果報を待っていましょう」

「う、うむ」

「まあけれど、私はそんな優しいあなたに寄り添えてこの世で一番の果報者ですよ」

「うっ嬉しいことを言うてくれるのう、婆さんやっ! 今夜は寝かさんぞう!」


 まあ二人のイチャイチャはこの辺にしておきましょう。


 一方、意気揚々と山を下りた桃太郎は第一のお供となる犬に出会います。


 犬は鬼ヶ島へ行く途中と聞くや、桃太郎の腰の巾着をくんくん嗅いでこう言います。


「桃太郎さん桃太郎さん、お腰に付けたきび団子を一つ下さいな。さすればこの犬めはあなた様のお役に立てることでしょう」


 さすがは嗅覚の鋭い犬です。野良でもあったせいでしょうか、したたかさと言うか現金な奴です。

 しかし桃太郎はそんな腹の中など露知らず。犬の善意と正義感から出た言葉だと思っています。なので感激です。


「そうか、僕と共に鬼退治してくれるか! 喜んできび団子を一つあげよう!」


 白い歯のキラキラした笑みで取り出したきび団子を手渡します。


「宜しく犬くん!」

「はっはいですワン!」


 きび団子を食べた犬は天国の如き美味に酔いしれました。力だって百人力と湧いてくるようです。素晴らしいきび団子だと大絶賛です。


 ……ただ、すっかり桃太郎に心酔した様子なのは、団子に何か入っていたのでしょうか?


 しかしそれ以前もそれ以後も道中で遭遇した鬼を退治する際には、桃太郎本人も平然ときび団子を食べていたので気のせいでしょう。

 颯爽とはぐれの鬼を倒した桃太郎のカリスマ的な勇姿に、犬はうるうるした尊敬の眼差しで彼を見上げます。

 もはや推しアイドルです。


「本当に仲間にして頂いて光栄ですワン! この先はあなた様のために精一杯忠誠を尽くし――」

「犬くん、それは違う」

「はい?」

「君が忠誠を誓うべき相手は、僕じゃない」

「え、そうですかワン?」

「ああ、そこは間違わないようにしてくれ。でないと僕の心が耐えられない。あと、ペンライトのカラーは桃のピンクではなく、レッドで頼むよ」

「ええ……? はあ、まあ、わかりましたワン。ところで忠誠を誓うべきその相手とはどなたで?」

「そのうちわかるさ」

「はあ」


 実は色々よくわからなかったのですが、とりあえず無難に頷いておいた犬です。桃太郎の言うことなので間違いはないでしょう。その根拠もよくわかりませんでしたが。

 本当に、桃太郎が主で何がいけないのでしょうか。

 とは言え、そこはかとなく抱いた違和感の正体を掴めず、結局様子を見ることにしました。


 そんな二人は各地で悪い鬼を懲らしめながら鬼ヶ島への道を急ぎます。


 途中、猿、そして雉にも出会いきび団子で仲間になりました。不思議と腐らない団子でした。

 彼らも桃太郎に心底からの忠誠を誓おうとしますが、桃太郎本人がいや待たれよとそれを禁じました。


「僕はそんな大層な者じゃないさ」


 きっと桃太郎の謙遜なのでしょう。動物たちは何て謙虚なお人なのかといじましく思います。余計に推しラブです。


「忠誠に値するのは、僕の育ての親のような人さ。お婆さんみたいなね」


 桃太郎の笑みには一点の曇りもありません。本心からの言葉なのでしょう。動物たちは件のお婆さんに是非会ってみたいと思うようになりました。


 先へと進んで遂に鬼ヶ島へたどり着くと、桃太郎は故郷で待つ二人の期待に応えようと奮闘します。


「見ていて下さいお婆さんお爺さん! はあああーっ、成敗してくれるっこの鬼めえええっ!」

「ワンワン!」「ウキーッ!」「キジーッ!」


 結果、桃太郎たちは見事に鬼ヶ島の鬼たちを一掃。


「――お館さまやりましたーーーーっっ!!」


 テンションが上がってなのか桃太郎は叫びました。


「なあ、最後お館さまって叫んだのは何でだワン?」

「わからないウキ」

「何となく、触れない方が良さそうですキジ」


 動物たちは了解し合います。


 その後、桃太郎はたんまりとした金銀財宝を手に帰還します。


「ただいま帰りました! お婆さんお爺さん!」


 目を丸くして驚く二人のうち、桃太郎が真っ先に駆け寄ったのはお婆さんです。感動の再会です。


 ――跪き、こうべを垂れました。


 お婆さんに。


 お館さまに。


「へ? ほ? 桃太郎? 婆さんや?」


 まるでというか実質臣下と主君の光景です。困惑しきりのお爺さんを尻目に二人は何も問題などないような様子です。それが当然と言った態度です。


「お館さま、お申し付けの通りに致しました。今回は鬼たちが本当に悪者でやり易かったです。堂々と表立って鬼退治の旅ですと宣言でき、その上で成敗できましたからね」

「ええ、そうでしょう。よくやりました。やはり私の目に狂いはありませんでしたね。あなたには他にはないカリスマ性があると」

「これもお館さまが川から見出して下さったおかげですよ。それでお館さま、次なる攻略地は?」

「ほほっ、それは追い追いね。今はゆっくり休んで頂戴」

「はい、そのお気遣い、ありがたき幸せ!」


 誇らしく輝く笑みと、柔和なシワ深い笑みと、あと蚊帳の外で困惑する笑みと。


 鬼退治のカリスマ的英雄は、きっとおそらく初めから長い長い糸の先の操り人形でしかなかったのだと動物たちは悟ります。


 戦慄しました。


 きび団子には何も入ってはいませんでした。ただの普通の美味しいだけのきび団子でした。

 ただ、桃太郎が団子を食べる度にお婆さん、否、お館さまをしかと思い出すようにはなっていたと動物たちは確信します。


 心胆から震えました。


 因みにお爺さんは野心の隠れ蓑にされていたのでしょう。まあ本人には一切そんな自覚はなさそうで、ある意味お爺さんこそが最強かもしれませんが。


 そうして、その後更にお館さまのミッションをこなす桃太郎の名は世界的にも有名に。

 今も彼は好青年の笑みで人々からの称賛をその一身に受けています。

 彼は既に幾つもの国を手中に収めています。


 全ては自分を見つけてくれた恩人でもある、忠誠を誓うお館さまのため。


 この桃太郎の原点はそれに尽きるのです。


 余談ですが、動物たちも生涯お館さまに仕えました。桃太郎ではなくお館さまにです。処世術に長けた動物たちだったようですね。


 そこでそれぞれ技能を身につけたり資格を取ったりして、異世界やらパラレルワールドの桃太郎世界に行って活躍したとかしないとか。


 おしまい。

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