第24話 浦島太郎
ある海辺で子供たちがカメを虐めていました。
「こらお前達! 弱い物虐めは卑怯者のする事だぞ! カメだろうと命は大事にしないと駄目だろ!」
一人の青年がカメを助けます。
青年は何故か逃げなかった子供の一人にげんこつを食らわせました。
「お前なあ、もう十五にもなって動物虐待とか恥を知れ! もっと他にやるべきことがあるだろ! 特にカメは大事にっていつも言ってるじゃないか!」
「ご、ごめんなさい父ちゃん。もうしないよ」
「わかったのなら次からは行動で示しなさい」
「はーい」
助かったと安堵していたカメは目を疑いました。
「え? 父ちゃん? そんなに大きなお子さんがいるんですかあなた!?」
お礼を言うのも忘れ問いかけます。
「ああ、子供は五人いるよ」
「そんなに!? 見えないですね~、お若い! 二十歳くらいだと思ってました」
「ハハハそうかな。これでももう四十は超えてるんだけどね」
「ええ!? 若過ぎる……! 若さの秘訣ってあるんですか?」
「んー、スッポン鍋かな」
「!!!???」
乙姫様、ぼかぁ帰れそうにありません……カメは本気でそう思ったと言います。
ウサギと駆けっこをしたとか便りが届いていた兄を思い出し、涙したと言います。
「いやあ気を悪くしたならごめんごめん。君のことは食べたりしないよ。そもそもウミガメとスッポンって違うだろ?」
「そ、そうですが。……でも、そうですか」
胸を撫で下ろすカメでした。
「俺は浦島太郎。君はー…カメ君だね」
「あ、はいそうですね。カメです。遅ればせながら助けて頂き誠にありがとうございました!」
一応自己紹介をしてから彼に見送られ無事に海へと帰還したカメ。
乙姫に報告すると、是非とも竜宮城に招待するよう言われます。
数日後、海辺で太公望よろしく釣りをしていた浦島太郎の元をカメは喜び勇んで訪ねます。
「先日は助けて頂き本当にありがとうございました!」
「ああ、君は」
「はい、それでですね、我が主君乙姫様にご報告致しましたところ、竜宮城までお連れしろと申されまして、あなた様をお迎えに上がりました。ささ、私めの背にお乗り下さい」
「――いや、いい。悪いけど遠慮するよ」
「え? でも……服が濡れるとか海中での呼吸はどうするとか心配しておいでですか?」
「いや、そこは別に。俺も海の男だし」
浦島太郎はカメの方へ顔を近付け声を落とします。
「ここだけの話、うちさ、かみさんマジ半端なく怖いから……。乙姫様だっけ? 気持ちは有難いんだけど、見ず知らずの女子からの
「そ、そうですか」
現実をリアルに感じさせられ、結婚への理想がちょっと薄れた……とカメは後に語っています。優しいお嫁さんが欲しいです。
「カメ君、厚かましいお願いなんだけど、もし良ければ代わりに息子たちを連れてってくれないかな? ここんとこ遊園地とかテーマパークとか何処も連れてってやれてなくてさ」
「それは大丈夫かと」
「そっか、よかった。じゃあその方向で」
そうして浦島太郎の子供たち(五人)は竜宮城へ。
「乙姫様すごい綺麗ですね!」
「憧れ~」
「輝いてますけど、何かいいことありました?」
「乙姫様みたいなお姉ちゃん欲しい」
「乙姫様いい匂いだし何か好きー」
「何て良い子たち……!」
何故か女性を褒めるのが得意な子供たち。
乙姫様は終始上機嫌で子供たちの相手しました。
当初の予定よりも大奮発して持て成しました。
竜宮城の敷地に遊園地や各種テーマパークまで超特急で建造して子供たちを楽しませました。
常日頃の家庭内での経験があんなに有効だとは思わなかった。両親の在り方を理解するきっかけになった……と、後に子供たちは口ぐちに語っていたそうです。
乙姫は帰り際一つの箱を手に言います。
「この玉手箱を浦島太郎様に。けれど決して開けてはなりませんとお伝えください」
「「「「「はーい!」」」」」
返事もよろしい子供たちです。
「何が入っているんですかねぇ?」
普通に好奇心で箱を気にするカメに送ってもらって帰宅した子供たち。
「おお、お帰り。どうだった?」
「あらお帰りなさい。楽しかった?」
頷く子供たちはちょっと目を丸くします。
「「「「「母ちゃんもしかして六人目!?」」」」」
海中と地上では少し時間の流れが違っていたらしく、いつのまにか母親のお腹は臨月でした。
というか自分たちがいない間、新婚夫婦のように存分にイチャこいてハッスルしてたんだろうなあと生温かい目になる年頃の長男です。
「そうだ、父ちゃん、これ乙姫様が玉手箱渡してって。でも絶対に開けたら駄目だって言ってた」
「へえ。中見れないのに寄越すとか、意味わからないなあ。なんか冷凍のシール貼ってあるし……」
箱を受け取ると、上から下から眺めます。地上と海中での文化の差だろうかと浦島太郎は思いました。
「とりあえず、どうしようか? 冷凍庫入れとく?」
「――乙姫ってどなた……? 何で見ず知らずの女性から玉手箱なんて頂くのかしら?」
恐妻です。
言われてみれば竜宮城でたっぷり子供たちを持て成してくれた事で、カメを助けた事はチャラな気がしますね。
他意があると勘繰られても仕方ありません……とりわけ相手が恐妻なら。
「開けてはいけないだなんて、中身は何かしら? 昔の写真? ラブレター? 元カノだったんじゃないの?」
「ほ、本当に面識はないんだよッ」
あわあわと弁明を試みる浦島太郎。
「じゃあ、開けて?」
「え、いやでも開けるなって」
「開けて?」
「……」
どうする?と子供たちに目で問い掛けます。
子供たちは頷きました。
中身は見当も付きませんが、毒を食らわば皿まで……と浦島太郎は開ける決意をします。
禁止されていようが仕方なかったのです。
「わかったよ」
「――ちょっと待って」
またもや恐妻です。
「開けたら駄目なんでしょ?」
「そうみたいだけど。でもお前は気になるんだろう?」
恐妻は玉手箱を床に置かせます。
「開けるのは駄目でも、潰すのは駄目とは言われてないわよね?」
そう言って踏み潰そうと……。
「わああああちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!」
「何よやっぱり中身は元カノとの思い出の品なのね!」
「違う違う違うから! すぐに証明するから!」
言って浦島太郎は箱を開けました。
中からはもわもわと白い煙が出ました。
「え、何これ? ドライアイス……と……」
中身は冷凍されたスッポンでした。
鍋の具材にどうぞなレシピも同封されています。
「え、何で開けるな危険みたいなことを……?」
ここで浦島太郎は戸の隙間からの視線に気付きます。
「はっ、君はカメ君!」
涙目になっていたカメは顔面蒼白で(カメなのでわかりにくいですが)海へ駆けて行きました。
「ああ、竜宮城でも地上でもカメ君の目があったから……」
ウミガメだろうとスッポンだろうと、カメはカメ。同じカメ目の仲間です。
食材にされた仲間の姿はさすがに堪えるだろうとの、乙姫の配慮だったようです。
きっとしばらく経ってから開けてくれる事を願ったのでしょう。
海辺の家にザザーン、と波音が聞こえます。
元カノ疑惑は晴れましたが、しばらくは涙目のカメ君の眼差しを思い出し、贈り物を食す気にはなれなかった浦島太郎でした。
ああ、弱肉強食……。食物連鎖……。
因みに恐妻は「コラーゲン!」と大喜びだったそうです。
――おしまい――
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