第17話 笠地蔵

 昔ある所にとても貧しい老夫婦がおりました。


「あなた、新年のお餅を買う余裕もないですねえ。どうしましょうか」

「そうじゃなあ、作った笠を売るしかないじゃろう」

「何ならいっその事お餅なしにしましょうか。あなたったら最近物を飲み込む力も弱って来ていますし、お餅を食べて万が一咽にでも詰まらせたら…」


「も、餅くらい飲み物なしでも丸飲みできるわい! 年寄り扱いするな!」


「そうですかー?」


 正直自信はなかったお爺さんですが、見栄を張ってしまった手前餅が手に入ったら……命を張らないといけないかもしれません。


「と、とにかく笠を売って餅を買ってくる!」

「ええ、行ってらっしゃい。雪も深いですしあまり荷物無理しなくていいですからねー?」

「はっはっはっ何のこれしき!」


 正直腰に大層な負担を感じましたが、虚勢を張ってしまった手前自家製笠を沢山しょって売りに出掛けます。

 ……道中自分の腰にヒヤヒヤでした。


「どうか、どうか、どうか! 帰りもぎっくり腰にはなりませんように……!」


 何とか近場の町に着くや、笠が売れる事よりもそっちを天に祈りました。

 そのせいなのか、行商の結果は芳しくありませんでした。


「ああ、一つも売れんかったなあ……」


 チラついていた雪が本降りになる中、トボトボと帰路につくお爺さんは細々とした溜息を落とします。

 お餅が買えなくてお婆さんに申し訳ない半面……どこかホッとしていました!


 途中、雪を頭に被った7体の地蔵を見かけます。


「はて、行きはお地蔵様なんぞなかった気がするんじゃが?」


 不可解な事もあるようです。

 まるで地蔵が自らの足で歩いて来たような……。


「ははは、なんてそんな非現実的な事あるわけがないじゃろ」


 笑ってその思考を打ち消すと、寒い中可哀想だからと売り物の笠をあげる事にしました。

 自分の笠も含めて6体分の笠はありましたが、地蔵は全部で7体。一つ足りません。


「すまんのう、わしの手ぬぐいで我慢しとくれ。明日にでも新しい笠を持ってきてやるでのう」


 そう謝ったお爺さんは他同様雪をほろってやると、7体目の地蔵の頭をさらりと撫で、手拭いを結んであげました。


「よし。ほっかむりも似合う似合う」


 笑顔でその場を後にします。

 お爺さんはお婆さんにこの日の出来事を報告。お婆さんは褒めこそすれ責めたりはしませんでした。


 その夜、まだ雪が降り続く中、老夫婦の家の屋根に一つの人影が現れました。

 流れの盗人です。

 本来登場しません。捨てキャラです。


「へへへ貧乏そうだが、何かはあるはずだ。騒がれたらブッ殺しゃいいよな。周囲に人家はねえし、バレねえだろ」


 下卑た笑みで恐ろしい事を考えていました。

 その時です。

 男の目が雪の向こうの行列を捉えます。

 笠を被った人でしょうか?

 何か重い物を牽いているようですが暗闇ではっきりとはわかりません。


「ちっ、人が来やがったか。早いとこ金目の物盗って……って、は!?」


 近付く集団の正体を悟るや男は我が目を疑いました。


「じ、地蔵が動いてる!?」


 驚きの余り屋根から転げ落ちた盗人はどさっと重い音を立ててしまいます。


「ててて……腰打った」


 まだ降り積もった雪の上だったので運よく大きな怪我もありませんでしたが、次の瞬間、彼の意識は落ちました。


 ドグシャッ、ドサッ、ドシッ、ドゴッ、ドスッ、ドンッ。


 何かとても重く硬い物が空を飛んで見事に盗人の上に落下してきたのです。

 しかも6発も。


「「「「「「悪人成敗完了~ッ!!」」」」」」


 老夫婦の家の玄関先。

 白い雪の中浮かび上がるのは、6体の笠を被った地蔵の姿。

 後から全ての荷を引き受けたほっかむりの1体が遅れて到着しました。


「さ、早く荷を置いて帰ろう。起こすとまずいし」


 皆が賛成です。

 しかし、予想以上の物音だったので、とっくに二人は起きていました。


「何か凄い殺人的な音がしたんじゃが、どなたかおるんかのう?」

「さあ、見てみましょう」


 まずい!


 地蔵たちは、


「「「「「「「…………」」」」」」」


 戸を開けた老夫婦の真ん前で地蔵ってみました。


 つまり、ワレワレハタダノ石デデキタ動カヌ地蔵ダ、を演出。

 ……めっちゃ不自然でした。


「「――ッ!?」」


 深夜に突如家の前に複数の地蔵がずらっと置かれた状況って……恐怖……。

 当然二人は絶句。

 青くなって抱き合う始末です。


「あ、あなたが落としたのは米俵野菜果物肉魚とかの食料? 小判とかの金銀財宝? それとも極楽までの切符?」


 とうとう沈黙に耐えかねて、地蔵の内の一体――地蔵1が話しかけました。


「「し、喋った!?」」


 仰天する老夫婦は切符要らずに昇天しそうです。


「ちょっと地蔵1違うって。僕たち地蔵だけど昇天とか今は違うから! これギャグの恩返しだから!」

「そうだぜしかもあなたが落としたのは……って物語違うだろ。それだと泉の女神と斧の話だろ。大体落ちてきたのは俺たちの方だしな」

「そうそう。雑音で起こしてしまい申し訳ありません」


「「い、いえ」」


 そこでくひひひっと笑声が上がります。


「地蔵4さ~人間潰しといて雑音とか言った、雑音とか! こっわ! まあこいつ悪人だけど~!」

「なっちょっと真っ先に飛んで悪者退治してお二人を救った私を責めるのですか地蔵2!? あなただって上から攻撃したくせに!!」

「二人とも落ち着いて。まあでももっと穏便に済ませられたと思うよ。だってこれじゃ玄関先殺人現場……」

「あちょっと待って地蔵3、まだ辛うじて息あるから未遂未遂。後で治療してやろう!」

「地蔵5、後でって、その間に凍えて死ぬんじゃない?」


「ねねねね、その時はマジで極楽への切符切ってあげよーよ!」


「「「「「地蔵6はいつも優しいねえ」」」」」

「えへへ~」


 しんしんと雪が降り積もる夜、老夫婦はわいわい自分たちの家の前で会話している地蔵たちを呆然と眺めています。

 手拭いでほっかむりをしてあげた地蔵……たぶん7だけが無言で仲間たちの様子を見ています。

 というかそもそも地蔵は微笑んでいるので正確には何処を見ているかわかりませんが。

 ただ寝てるだけかもしれませんし、何かの妄想中かもしれません。


 一つ言えるのは輪から外れた地蔵7は毛色が違うと言う事です。


「まあとにかく、お爺さんお婆さん、笠のお礼なんですこれ。僕たちからの気持ちを受け取って下さい!」

「笠? ――あ! 昼間の!?」


 ようやく合点がいったお爺さん。

 お婆さんも状況を理解して、これが報恩だと気付きます。


「「それはそれはご丁寧にどうも……」」


 深く感謝する二人は、けれど白い雪を赤く染めている地蔵たちの下の人物を見ないようにして言いました。


「あははっ声がで震えてるね」

「そこまで喜んでもらえたら次も何かしたくな…」


「「ありがとうございますありがとうございますこれで十分ですともおおおっ!!(欲を掻いて潰されたくないです!!)」」


「そうですか?」


 こくこくこく、と老夫婦は言葉なく懸命に頷きました。


「まあ、恩返しできて本当に良かった」

「「「「「同感!」」」」」


 リーダーの地蔵1を筆頭に「それでは」と地蔵たちはずるずると盗人を引き摺って雪の中いずこかへと去って行きました。


 外気の寒さだけじゃない要因で震えながらその背を見送っていたお爺さんとお婆さん。


「お爺さん、これは夢でしょうか……」

「いや、この血溜りは現実じゃろ……」


 二人で食べきれないほどの大量の食料と使い切れないほどの金銀財宝を前に、何とも重々しい空気が流れます。

 実に血生臭い恩返しもあったもんです。

 けれど地蔵たちがいなければ盗人のせいで死んでいたかもしれない老夫婦は、彼らのおかげで助かったのでした。


 その後、お爺さんが餅を食べて九死に一生を得はしましたが、幸せに新年を過ごしましたとさ。




「――そう言えば地蔵7は何を恩返ししたの? 僕たちは食べ物と財宝にしたけど君は別枠でって言ってたじゃない?」


 瀕死の盗人を適当な闇医者に任せてきた地蔵たち。施術の腕は神の如きという噂だったので大丈夫だろうと後はもう我関せずです。


「…………」


 地蔵1の問いかけに地蔵7は無言で開眼しました。


 ――キュィィィィィィン。


 駆動音。

 開かれたその眼は赤外線レーザーのように赤々とに輝いていました。


【衛星軌道補正完了:各種レーダー観測&データ抽出開始:保護対象座標確認:保護対象生存確認:危害兆候レベル現在0;血圧体温トモ正常値内;安全健康デス】


 地蔵7が皆に電子音声で伝えます。


「「「「「「あー……」」」」」」


 と他6体の地蔵たちは納得します。

 石なので表情は変わりませんが声音が全員微妙でした。


「「「「「「でも何で?」」」」」」


【アタマ撫デテクレタ:チョウ嬉シカッタ】


「「「「「「あー、指紋登録とマスター認証機能起動しちゃったんだ……」」」」」」


 地蔵7の贈り物は、生涯監視システム。


 お爺さんとお婆さんが天寿を全うするまで付き纏う有難~い視線です。

 危機が迫れば即座に駆け付けてくれる警備保障万全です。


 けれど、その事を二人は知りません。

 たぶん、死ぬまで。


 笠地蔵、恩を売ったら最後……あなたはもう逃げられない。



 おしまい……。

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