第19話 眠れる森の美女(もしくは眠り姫・茨姫)

 ――15の誕生日に紡ぎ車のおもりに指を刺して100年の眠りに就くでしょう。


 それは予言。

 悪しき魔女からの死の呪いを捻じ曲げた、き魔女からの贈り物。


 予言の姫――オーロラは小さい頃から非常にお寝坊さんでした。


 呪いが発動する以前から眠り姫なんて呼ばれていたくらいです。


「おはようお父様お母様」

「おはよう? ……もうこんばんはよオーロラ。あなたは一体一日何時間寝れば気が済むの?」


「えーと、20時間?」


「20!? 地球の裏側まで飛行機で行けちゃうじゃない!! 夢の中で旅行でもしてるのあなたったら!!」

「まあまあ寝る子は育つというし、そう怒らないであげなさいきさきよ」

「あなたはいつもオーロラに甘いんだから」

「そなたにも十分甘いと思うのだがね? ん?」


 微笑んでお后様の頬に唇を寄せる王様です。


「……んもうっあなたったら」


 オーロラはもっかい寝ようかなー胸やけしたからーとまだ眠そうな目できびすを返しました。

 部屋に戻るとややあって侍女がやってきます。


「姫様、睡眠学習の時間でございます」

「やったもう!?」


 ヘッドホンを装着したオーロラは意気揚々とベッドに潜り込みました。


 一方、イチャこいていた生気溢れる夫婦の様子は……。


「ねえあなた、オーロラのあの眠りっぷりってまさか、呪いが前倒しで発動しているんじゃない?」

「前倒しで? はははまさか。魔法世界における呪いはそう言う所はきっちりしているものだよ。私の獣化の呪いもそなたが見事に真実の愛で解いてくれたではないか」

「ええ、まあそうだけど」

「あれはあの子の生来の気質なのだよ。人とは少し違っているが、理解してあげる事が親としては大事なのではないかな?」


 お后様は小さく息をついて王様に寄りかかりました。表面的な事ばかりで大事な部分を見誤る所だったと気付いたのです。


「ええ、そうよね。あなた、ありがとう」


 そうしてまたラブラブの続きです。


 ――まだ謁見終わってねえええええよッッ!


 玉座の間に控えていた大臣をはじめ、護衛の兵士たちや謁見者らの心が叫びました。


 とまあ、オーロラ姫は生誕時、宴に呼ばれなかった魔女から逆恨みされるという、自分のあずかり知らない失態でとばっちり的に呪われてしまいましたが、そんなものを一切感じさせない溌剌はつらつとした美少女でした。


 ただ……、


「あたしって15歳になったら指に痛い思いをして100年の眠りに就くんでしょ? 寝てられるのはいいけど痛いのはやだなあ」


 いつもお付きの侍女にはそう愚痴っていました。

 だからなのでしょうか。

 いつからか常に両手にボクシンググローブを装着するように……。

 グローブを嵌めたまま様々な鍛錬をこなしました。

 そうしていつしかプロ並みだと言われるまでに。


 ですが、15の誕生日。

 運命との戦いは過酷なもの。


「む、強敵!!」


 王様の勅命によって国中から糸紡ぎ車は姿を消していましたが、自ら動いてやって来る紡ぎ車の魔物は別でした。そいつがオーロラを襲ったのです。

 戦闘の末、オーロラは紡ぎ車のおもりの鋭い先端部分に指をぶっ刺さされました


「く……レベル上げ、足りなかっ……不……覚…………ZZZ……」


 そうしてオーロラは100年の眠りに就いたのです。

 オーロラを追うように城の人々も皆眠りに落ちました。

 更に、王城をみるみるうちに茨が覆っていきます。


 いつしか「美少女が囚われ眠る城」という噂だけが広まり、世界各地から「美少女とキス乙!」「美少女が嫁に~」「起きる前に胸揉んじゃお☆」などと下心満載のけしからん連中が集まるように……。

 その意図を汲み取ったのかは知りませんが、茨は城に入ろうとする者には容赦しません。

 その猛攻はバッタバッタとスケベ男たちの邪な野望を摘んだのでした。


「ううっ……畜生、茨めえ…………がくっ」


 本日も担架で運ばれて行くしょうもない男たちを尻目に、周辺住民は言います。


「この森林減少温暖化の時代に、ああも緑が茂っていると安心できるよ」

「あまり傍に行くと茨に絡め取られて痛い思いをするけど、適度な距離なら結構マイナスイオン出てるから癒されるんだよねー」

「化物茨を遠くから眺めるツアーが大盛況でさ。観光業には嬉しい呪いさ!」


 茨は案外大好評でしたー。


 そうして城が眠りに就いて100年。

 経済的に潤っている地元の村を、一人の王子が訪れました。


「Yo~、ここにリアル美少女ゲーイベント発生してるって聞いたんだけどYo~?」


 帽子を前後反対に被り、見た感じ王子と言うか、ラッパー。


「Ah~Ha~それはこの先にそびえるお城のことだぜっ,Yeahhh!」


 ノリのいい村人が応じます。

 もう何の話やら……。


「Thank you!!」


 勢いよくターンして王子は颯爽と去って行きました。


「ふう、あの王子は今までの美少女萌え~って煩悩塗れの変態共とは何か違えな。どうか無事姫さんを起こしてやるんだぞ。……なんてな。現実はそう甘くねえか」


 素に戻って村人(おん歳88、先日米寿のお祝いをしてもらったばかり)はしわ深い顔をにっと笑ませます。

 その貫録はまさに海の男。

 片手が金属のフックになっています。

 きっと昔はさぞかしワルだったに違いありません。


 結果だけを言えば、王子は願い通りオーロラの呪いを解きました。


 口付けの寸前、


「寝込みを襲う、不埒者……むにゃむにゃ」


 という寝言に「いいのか俺はこれで、これでいいのか俺は。俺はいいのかこれで……」と三日ほどラップを忘れ自問自答を繰り返したと言います。


 ついに決断した後は柄にもなく緊張して姫が目覚めるのを待ったものでした。

 時には得意のラップを耳元で歌ったりヘッドスピンしたりと、色々やりました。


 ですがオーロラは、


「ZZZ……」


 城を覆っていた茨が消え、呪いは解けたはずなのに……。


「ZZZ……」


「どうして姫は目覚めないんだ……Yo~……」


 しゅーんとなった彼は知らなかったのです。気の毒にも。


 オーロラが大変なお寝坊さんだと言う事を……。




「――――ん……? 朝……?」


 ついに、オーロラは目を覚ましました。


「あれ? あたしどうしたんだっけ。グローブ越しだったのに物凄い攻撃力だったからおもりの先端がグローブ突き破って指に刺さってきて……って何かこの部屋随分古びてない? 埃臭いし」


 しばし黙考し、ああ、と腑に落ちました。

 自分は呪いで100年眠っていたのだと。


「100年かあ、実感ないな」


 と、その時です。部屋のドアが開かれ、数人の運搬作業員らしき者たちが入って来ました。


「あれ? 班長もしかして姫さん……」

「お、ようやく目を覚まされたんですね。おはようございます」

「やっとだなあ。これで彼も安心して眠れますね」


 彼らは口々に言って部屋に置かれていたある物を運び出して行きました。


「え……何今の?」


 オーロラは困惑します。

 もたつきながらも天蓋付きのベッドから下りて、部屋を見回し、壁に掛かるそれを見て目を見開きました。


「うそ……計算が、合わない……」




 オーロラが目を覚ましたからか、お城では次々と眠っていた者たちも目を覚まし、一時はお祭り騒ぎに。

 勿論、王様とお后様もちゃんと無事です。


「なあきさきよ今だから訊くが、どうして生誕の宴の時13人目の魔女を呼ばなかったんだね? うっかりリストから抜けていたわけではないのだろう?」


 王様の確信の問いかけにお后様は俯いて、零します。


「だって魔女子ったら昔わたくしが精魂込めて育てた茨の茂みを、これは育ち過ぎて通行の際に危ないってちょん切ったのよ!」

「…………良い魔女じゃないか」

「何か?」

「いや……」

「だから絶交してやったの」


 お后様の知らなかった過去に王様は内心苦い物を感じましたが、自らの心に押し留めます。加えて、王宮の庭に無駄に茨が増えなくて良かったとその点では悪い魔女に感謝しました。


 実は目覚めた後、悪い魔女からは「ごめん后ちゃん。実は我に返ってすっごく後悔したの。ずっと謝りたかった」と手紙が届いていました。

 一度かけた呪いは変更は利きますが術者本人にも解除はできないという厄介な性質を持っているのです。

 その手紙は塩水にでも濡れたのか紙はカサカサでインクも酷く滲んでいました。


 しかし魔女とは長命なのだな、と王様は思いました。

 その魔女の友人のお后様。


(まさか后も魔女だったり……? だとしたら何歳だろうか。昔っていつ? ――っていかんな)


 王様は脱線し変な方向に走り出していた思考にストップをかけます。


「まあ、もう済んだ事だし、当時は大人げなかったって思うし、絶交はやめようと思ってるけど、オーロラの事とかあってそう簡単には赦せないって言うか……」


 茨一つで絶交したお后様。

 むしろその出来事があったから悪い魔女は償いの一つとして茨を茂らせたのかもしれません。

 奇しくも茨のおかげでオーロラの貞操は守られたわけですが、


(ふう、全ては喧嘩のとばっちりか……)


 王様が遠い目をしたのは言うまでもありません。


「ところで、オーロラを目覚めさせてくれた運命の相手がいるという話だが、その彼は今一体どこにいるんだね?」

「……」

「どうした后よ?」

「……」


 怪訝な夫の顔をじっと見つめ、お后様は眉尻を下げ涙ぐみました。


「あの子が…オーロラが破格のお寝坊さんだったばっかりに……!」


 震える指先を窓の外に向けるお后様。

 それを視線で追う王様。


 日の射す豊かな芝の絨毯。その只中には、白っぽい色の真新しい墓標が。


 王様は愕然としました。


「私もついさっき知ったんだけど、王子がキスで呪いを解いてくれてからあの子が目を覚ますまで、軽く80年はかかったみたいなのよ。呪いの後遺症だったのかしらね」

「何と……」

「で、目覚めたら横に何故か無人の介護用ベッドが置いてあったらしくて……」

「…………そうか」


 王様はふと目を細めます。


「時の流れとは、残酷なものだな」


 窓辺には、180年前と変わらない光が燦々さんさんと降り注いでいました。

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