第28話 ジャックと豆の木
※少し「第3話花咲か爺さん」と関係してます。
ある所にジャックという少年がおりました。
ジャックは牛を売りに行く途中、牛と一粒の豆を交換して欲しいと言う不思議なおじさんに出会います。
普通どう考えたって有り得ない物々交換です、
「その豆粒、純金か何か、とか?」
「いや水と栄養で成長する有機物だよ」
「植物ってことですね」
「ハハハそうとも言うねえ。おじさんさ、どうしても今夜牛肉必要なんだよ! ゆうに牛一頭分は。チームの皆と約束してたんだがお店予約し忘れちゃって……。一クラス作れる人数いるし、飛び入りとか今から予約とか無理でね。だから何とか頼むよ!」
まあ、必死過ぎて気の毒なくらいだったので、これも人助けだと承諾します。
「おお嬉しい。ところでその豆なんだがね。実は長年にわたる研究開発の末にようやく完成した新種なんだよ。我々開発チームはこれ一粒で世界がだいぶ変わると踏んでる」
「え、逆にそんな大事な研究の結晶を良いんですか?」
「ああいいのいいの。行くとこなくて皆から袋叩きに遭うよりマシさ」
食べ物の恨みは……とは言いますが、研究成果より肉優先とは、何とも恐ろしげな開発チームです。
「まあ試しに君のとこで植えてみてよ。きっと驚くよ」
「はあ」
「ただその豆はね…」
おじさんは注意事項をジャックに伝えます。
その顔は怖いくらいの真剣そのもので、ジャックは正直危険物ではないかと危ぶみました……おじさんの顔が。
「それじゃあ今の注意だけはしっかり守っておくれよ~!」
おじさんは牛に引っ張られ何度も何度もジャックを振り返って去っていきます。
逆ドナドナ~……ではありませんが、見送ったジャックは帰宅します。
「牛一頭と豆一粒が等価だと思ってるのあんたは!!」
母親にこっぴどく叱られました。
「全く、巨人に食べられたお父さんだって悲しむわ!!」
怒った母親は「こんなものそこらに勝手に生えればいいのよ」と窓から庭先に豆粒を投げ捨ててしまいます。
「な……っ!? おい母さん何てことするんだよ! あの豆は、あの豆はなあ!」
ジャックは蒼白になって庭先に飛び出すと、豆を捜します。
しかし小さな豆粒を草むらの中から捜し出す事はできませんでした。
いつまでも捜している息子の姿に頭が冷えたのか母親も庭に出てきました。
「あんた豆一つで何をそんな必死になって……」
「この家で暮らせなくなっても知らねえからな!」
「ええ?」
「もらったおじさんから絶対に家の傍には植えんなって忠告されてたんだよ!!」
本気の剣幕に、さすがの母親も不安になりました。
「悪かったってばジャック。もう遅いから家に入ろう?」
「でも豆がっ…」
「きっと冗談だったんだよ。万一本当で毒か何かが発生しても、その時は二人で別の場所に引っ越せばいいんだから」
「俺は、ここを離れたくない……親父が戻って来るかもしれないし」
「ジャック……」
彼が小さい頃、父親はどこからか来た巨人に連れ去られたのです。
母親は食べられてしまったのだと思っているようですが、ジャックは生きていると信じています。
「一日で豆は育たないし、明日明るくなってからまた捜そう? 私も一緒に捜すから」
「……わかった」
ジャックは後ろ髪を引かれる思いで切り上げました。
夜中、ジャックは地鳴りのような音と地震のような震動で目を覚まします。
家全体が揺れ、バキバキメキメキと壊れる音までし始めました。
「母さん!」
「ジャック!」
二人は取るものも取り敢えず、着の身着のままで外に逃げ出します。
離れた場所から家を振り返れば、黒く大きな何かの影が夜空へと伸びて行くではありませんか。
「な、何だあれ!?」
抱き合って眺める母子の目の前でその影はとうとう家を巻き込むように太く大きくなり、てっぺんは闇の中に見えなくなりました。
やがて、成長を止めたその何かが朝日に照らされます。
長い夜が明けたのです。
「これは……?」
ジャックが呆然と呟きました。
神話の中の世界樹ですと言われればそっくり信じてしまいそうな、何とも立派な植物です。
一体どこまで高く伸びているのか、明るくなった空でもてっぺんは見えません。
太さも、元あった家の敷地など通り越しています。
近くに他の家がなくて幸いでした。
「あの葉っぱ、まさかマメ科?」
母親が呟きます。
マメ科植物……豆。
「まさか昨日の豆粒が……? だから家の傍は駄目だったのか……くそっ」
理解した所でジャックは決意します。
「母さん。俺これが何なのか確かめてくるよ!」
驚く母親を説得し、ジャックは豆の木を登りました。
長い道のりでした。
けれど豆の木の太い内部は空洞になっていて空気濃度も気温も安定。足場が多く割と楽に登って行けました。
そうしてやっと辿り着いた時、そこには雲の上の景色が広がっていた……わけではありません。
「は? 何だここ? 配線だらけだな。やけに広いし」
何かの金属製の壁を貫通して上手い具合にその内部へと繋がっているようです。
高い天井はどこかの大聖堂のようですし、その高さのまま伸びる通路は飛行機が丸々入りそうです。扉も巨大で見るからに人間サイズではありません。
けれどサイズを別にすればまるでどこかの宇宙船の中のような……。
辺りを見回しながら歩くジャックは人間サイズの扉を見つけます。
と、外から犬の鳴き声が聞こえた気がして「犬がいるのか?」とそこを開けようとした矢先、
「よせ少年! 宇宙服もなしにそこを開けたら本当に天国行きだぞ!」
声の方を見れば一人の中年男性が焦ったように息を切らしています。
「そこの外は確かに一面が雲で天国もかくやの美しい景色が見れるが、生身で行く所じゃない。いや、本当に死者の魂はそこに居るのかもしれないが」
ジャックは男性の言葉を理解して嫌な汗が噴き出しました。
「あ、危なかったんですね俺。犬の鳴き声は幻聴だったのか。地上から登って来てここがどこか知らなくて……教えて下さい。ここはどこなんですか?」
「地上から……? 地上とここは繋がっているのか!?」
男性は驚いたようになりましたがすぐに表情を落ち着いたものに変えます。
「取り乱して済まない。ここは宇宙船さ。外宇宙から来て地球上空で修理が必要になった異星人のね」
「異星人!?」
予想外の単語にジャックは目を白黒させます。
「しかし、地上からどうやって?」
「豆の木を伝って来ました」
ジャックが豆の木まで案内すると、
「なるほど、これが異常の原因だったのか。しかしこれではもうこの船は動くまいな」
彼は深刻そうに咽の奥で低く唸ります。
「うおーい、どんな様子だべ~?」
その時遠くから声が届いて、見れば誰かがこちらへとやってきます。
他にも人がいたようです。
でもあれれ?
何か遠近法がおかしい?……と思いきや、巨人です!
この巨大通路にピッタリなサイズの大きな人類が近付いてきます。
「ひっ」
ジャックは恐怖に固まりました。
「ああ、巨人さん。これはもう駄目ですね。諦めて母星からの応援を待った方が賢明かと」
「何だってえ!? ああああそんな~」
「私でもこれはさすがに直せませんよ。おそらくは地上の技術でも」
会話を聞いていたジャックは蒼白を通り越して土気色に。
「お、俺のせい……」
このままじゃ巨人が怒り出し自分を丸呑みにするかもしれないと、ジャックは震えます。
「いやいや気にすることはねえべ~。形ある物いつか壊れるって言うしな~」
さすが宇宙を旅する巨人は物事に達観しているのか、実にあっさりとしたもので
した。
ジャックは心からの安堵と感謝、そして謝罪を口にします。
そんな様子を見ていた男性は「君はいい子だね」と微笑みます。
「じゃあおめえさんをわざわざ地上から連れて来て悪い事したな~」
「いえいえ。お役に立てず申し訳ない」
「長い間粉骨砕身してもらったのにすまねえな~」
「そんなことはないですよ、こちらこそ有意義な知識を吸収させて頂けましたし。ところで、迎えが来たら、この宇宙船を譲ってもらっても?」
「ああいいべいいべ」
親しげに会話をしている巨人と男性の様子に困惑する反面、ジャックは少しだけ羨ましさを感じていました。
話が一段落したのか、男性はジャックに向き直ります。
「一度地上に降りたいんだけど、君も一緒に降りるかい? ええと…」
「ジャックです」
「……そうかジャック君か」
「んだらこれ持ってけ~?」
巨人は男性に手土産を用意してくれました。
人間社会では大層価値のある黄金や宝石の数々です。
巨人基準なので特大サイズです。
「こんなに? またすぐに来ますよ?」
「うちの星に沢山あるから持てるだけ持ってけ。また来た時はまた来た時だ~」
「そうですか? じゃあお言葉に甘えて。あとできればレアメタルも頂けませんか?」
「いいべ~」
案外ちゃっかりしている男性はお礼を言ってジャックと共に地上へと下ります。
「ようやく帰れる。実は今まで帰る術がなくて困っていたんだよ」
「そうだったんですか」
ジャックは会った時からずっと何かが気になっていました。
写真の父親に似ているし、雰囲気だって懐かしいのです。
巨人に連れ去られたという話も合致します。
足場を一つ一つ慎重に降りながら、思いきって小さく問いかけます。
「あの、俺の父さんは…」
「ん?」
「――ッ、あああすいません間違えました。その、おじさんは宇宙船で何をする気なんだろうって思っ――」
と、狼狽の余り危うく足を滑らせそうになり、男性から支えてもらう羽目に。
「あ、ありがとうございます」
「気を付けなさい」
「……はい」
豆の木を登る決断はすんなりできたのに、直接訊くのは何故か恥ずかしくてできません。
「問いの答えだけど、私は宇宙船を基点に宇宙開発に乗り出そうと思っているんだよ。この豆の木では宇宙エレベーターを作ろうと思ってる」
「宇宙エレベーター!?」
ジャックの素っ頓狂な声に、男性はどこか可笑しそうに控えめな笑い声を立てます。
「そう。これからはいつでもスムーズに家に帰れるように。天の采配か、何たって――息子が迎えに来てくれたんだしね」
「えッ?」
食卓に三人分の食器が並ぶ日は、もうすぐそこです。
おしまい。
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