第49話 浦島太郎別バージョン 第一五七七代目浦島太郎
「太郎や、お前は第一五七七代目の浦島太郎なんじゃよ」
ある朝、昔話にあるみたいな茶碗にてんこ盛りのごはんを前にこれ今日もかよって辟易としていると、ばーちゃんから意味不明にもそう言われた。
今は大学の夏休みでお盆でたまたま海辺の祖父母の家浦島家に泊まりに来ていて、田舎の朝ごはん量は胃には恐ろしいってしみじみ実感していた所だった。あ、でもばーちゃんの漬けた自家製の漬物はすごく美味しい。気付くとてんこ盛りのごはんもペロリ。ここに来て三日で二キロも太った……ってそこはまあいいか。
ともかく、一五七七代目。
三代目やジェネレーションなお兄さん達が何組入るんだよって数だ。
「は? いや何その一五七七代目って数? 初代はいつの時代だよ?」
「色々と事情があって、中には三日と経たずすぐに次の者に代を譲った者も多くてね、だからこんな代数になっているんじゃよ」
「あ、へー。なるほど。ってかさ、確かに僕は浦島太郎って名前だけど、単に昔話にかけて両親がふざけて太郎って付けただけでしょ? 浦島太郎の何代目とかだってさ、今までそんなの聞いたことなかったし急に何なの? 大体さ、小中高校で散々からかわれてクソ親って思った時期もあったけど、もう遠い過去だしこの名前とようやく折り合い付けられるかなーって大人思考で思えたのに、唐突にクローズアップして抉らないでよー」
「遠いって……まだ高校卒業して半年も経たないんじゃ……」
僕が梅干し唇になって黙ったからかばーちゃんはそれ以上突っ込んではこなかった。
祖母によると、どうやら僕は浦島家の正真正銘の第一五七七代目浦島太郎らしい。
因みにじーちゃんも太郎って名前で、まだピンピンしている。第一五七六代目はじーちゃんなんだろう。じーちゃん世代だと太郎なんて名前も沢山だろうし、僕の世代とは違って然程違和感なく青春時代を過ごしただろうね。
親世代をすっ飛ばしていきなり孫にくるのって感じだけど、僕の両親は僕の小さい頃ある日突然蒸発したらしい。
実は顔もほとんど覚えてないし、不思議と写真もないんだよね。
ここ浦島家は父親の実家で、僕はお盆でくらいしか来ない。僕は母方の叔母さんに育ててもらっていた。
「それで? 第一五七七代浦島太郎だと何かしないといけないの? 相続税が掛かるとか?」
「相続税とは関係ないがね」
ばーちゃんは重々しく頷いた。でもさ税金関係じゃないって想像つかないんだけど。
じーちゃんは趣味の朝釣りからまだ戻って来ていない。彼の釣果によって食卓に並ぶ皿の数は違う。
「当代の浦島太郎は、必ず一度竜宮城に行かないとならないんじゃよ」
「え、えー……ははは、何の昔話それ?」
いくら浦島太郎だからって、このご時世で竜宮城とか、ないよねー。
本気にしない僕が取り合わないでいると、ばーちゃんは夏の怪談で出てきそうな仄暗い顔付きで僕を見つめた。怖いから!
「あー、ええと、どうして竜宮城に行かないと駄目なの? 何か祟りでもある……とか?」
ばーちゃんの顔のせいかそっち方向に思考が傾いちゃった僕が冗談めかせば、ばーちゃんは細くゆっくりした溜め息を落とした。
「その通りじゃよ。浦島太郎を継いだ者が竜宮城へと赴き乙姫様を宥めないと、鬼のように煙玉手箱が送られてくるからのう」
「え、何それ、鬼のように? 煙玉手箱が? ……って、ところで煙玉手箱って何? 普通に玉手箱じゃないの?」
「太郎や、浦島太郎の玉手箱と言えば何かわかるじゃろ?」
「そりゃまあ、もくもく白い煙が出て老化する…………はは、まさか?」
ばーちゃんは心底困り果てたように頷いた。
「そうじゃ。代々の浦島太郎が竜宮城へ行かないと、怒った乙姫様がわんさと煙玉手箱――老化兵器を送って寄越すんじゃ。過去に行かなかった時にこの海辺の街ではそれが砂浜に打ち上げられまくってのう、興味本位で開ける者が続出して大変じゃった。何とかその代の浦島太郎が反省して竜宮城参りをして治まったから良かったがのう」
「…………」
実在不在はともかく、乙姫様こわっ!
老化兵器とか、海の科学レベルこわっ!
昔話の時代から海中に竜宮城がある時点で地上よりも遥かに高度な文明を有しているってのは明白だけどさ。
「まあ、招かれるままに竜宮城へと行って下手な真似はせず大人しく歓待されていれば、無事に使命は果たされるじゃろうから、深く考えずネズミーランドにでも遊びに行くつもりでいれば良いんじゃよ」
「……行くの決定?」
うむ、とばーちゃんは首肯する。
「良いトラブルああいやトラベルをー」
「他人事だと思って! 向こうに可愛いマスコットなんてどうせいないんでしょ? 見開かれた黒々な魚眼とかずっとパクパクしてる口とか、ナマモノたちの饗宴なんて楽しめないよ!」
「乙姫様は大層な美人じゃそうじゃ」
「えっマジ! でも性格あれなんだよね?」
「まあ、きれいなクラゲには毒の触手があると言うじゃろう?」
「それ薔薇とトゲでしょっていうか触手とか勘弁」
「クラーケンは見かけによらないとも言うしのう」
「そこも人はだよ……って、え、何、乙姫様って本性はクラーケンなの!? こわっ! 人魚とかじゃないんだ!?」
ばーちゃんは困った風に微笑むだけで肯定も否定もしない。ズルいって!
そのくせ僕には地球の平均年齢のために乙姫様のご機嫌取りに行けって?
酷くないか!?
クソ親以上にクソババって思っちゃったよ。もっと詳しく聞けば、じーちゃんはその代の役目をとっくに終えたから彼が行った所で無意味なんだそうだ。
代々の竜宮城参り……。まさか浦島家にそんな使命があったなんて予想外過ぎる。
「だから太郎や、頼んだよ。行ってきてくれたらばーちゃんは太郎にお小遣いを奮発しようかねえ」
ばーちゃんは懐からちらと札束を見せて言う。竜宮城からはお土産に金銀財宝も貰えるという。
「ばーちゃん……」
大学生って、何かとお金が要る。この時、漫画みたいに両目をお金に――何故か円安の日本円じゃなくドルとかユーロにした僕の辞書に拒否という文字はなかった。
半信半疑ながら、さてどうやって竜宮城に行くかって問題は、昔話同様に困った亀を助ける方法が一番ベストだって話だけど、近年は砂浜が減ってしまって浜に亀を見つける方が難しい。しかも苛められているとか困った亀なんてさ。
「任せてって意気込んで出て来たものの、どうしよう」
朝御飯の後すぐに地元の人しか来ないようなマイナーな小さな砂浜をうろうろとしていると、波打ち際から声がした。
――おいで~、おいで~、こっちにおいで~。
「へ?」
見ればそこには海面から突き出した手が僕を手招いている。
「ひいっ、真昼から心霊現象!? 舟幽霊的な何か!?」
「ああ、申し遅れました、わたくし舟ではなく、鮒、魚類のフナですが、生憎とまだ幽霊ではありません」
ぬっと波打ち際から影が盛り上がって人っぽい形になる。なななな何!?
「って魚人んんん!?」
頭は魚、たぶん本人申告のフナの顔なんだろうけど、僕には真偽はわからない。実はアユかもしれない。体は人間のそれで、マフィアが着てそうなメチャ高いスーツを着ている。
「第一五七七代浦島太郎さま、わたくし、乙姫様の命により竜宮城よりお迎えに上がりました」
僕は思わずぽかんとした。本当に現実なんだ。
「か、亀じゃないんですね……」
「ええ、はい、最近の亀たちは長寿の祝い事に駆り出されておりまして忙しく……」
「あー、高齢社会だね」
「左様ですね。聞くところによると鶴殿たちも忙しいようですよ。機織りの時間も中々取れないとかで」
「へえ……大変だね」
そんなわけで、僕は現実を受け入れて、労せず竜宮城への切符を手に入れた。
「――って、ぎゃああああいああああああああおあああああいあああああ!」
僕は今、海の中……じゃなく、空の上にいた。
しかもまだ思い切り竜宮城へ行く途中の道だ。
「何これ何これ何なんだよこれはーーーー!?」
「浦島太郎さま、あまり体を揺らすとうっかり滑って落下しますよ」
「それはいーやーだーーーー!! なあどうして海中じゃないの!? 竜宮城って海の中だろ!? どういうこと!?」
僕はフナ魚人さんに両脇を持ち上げられて、背中にジェット噴射器を装着した彼に運ばれている。風圧がヤバい。
「ああ、それが実は先代の浦島太郎さまご来訪に際してと、乙姫様が張り切って深海一〇〇〇〇メートルに竜宮城別館を新設して、静かな神秘の海をお楽しみ頂けるようにと演出なさったのですが……」
「はああ深海一〇〇〇〇メートル!? 生身じゃ水圧で死ぬよ!」
「ええはい、先代さまもそう思われてか激しく拒絶なさって、結局以前の竜宮城に滞在されたのですが、乙姫様が大変にガッカリなさり、次の浦島太郎さまをお招きする際には奇抜かつ生身でも大丈夫なようにしようと考えに考えて新竜宮城を建設されたのです。高度二〇〇〇メートル付近に」
どうして空なのかがわからない。海でさえないってWHY!? 僕の視界には空に浮かぶ新竜宮城、老舗旅館のような建物が入っている。空にあるとか、竜宮城っていうより天空城、ジブリ系列なの!?
「さあ、もうそろそろ着きますけれど、どうぞ悠々と空と海の雄大な景色をお楽しみ下さいませ」
……もう、どうやって浮いてんのとか突っ込む気力もない。
「ああ因みにこの新竜宮城には、人間の科学を一部採用しております。少しでも親近感を持って欲しいとの乙姫様の想いによりそうなりました」
「あ、へえ、人間好きなんだ乙姫様って」
「はい! それはもう! 一五七六人の浦島太郎さまに告白して悉く振られてはいますが、人間の殿方と結婚願望がおありなのです」
「え……」
「まあとにかく、新竜宮城にはドローン技術が使われておりまして、互いの位置や風による機体の傾きの補正などをコンピューター制御された無数のドローンから、ワイヤーを吊り下げて建物を浮かせております。とは言えドローンが景観を損なわないようにと建物の遥か上空を滞空飛行させておりますので見えませんが。これぞ海と地上との技術の融合ですね! 乙姫様にもそのようなお相手が現れて下さればこのフナ橋、思い残す事はありません」
へえ、フナ魚人さんはフナ橋って言うのか。
「本当に人間社会も便利になりましたよねえ」
「はは、そうですか……」
僕はそうして破格な空中竜宮城で数日を過ごした。
乙姫様は評判通りの美女だったけど、彼女からの告白はお断りした。
僕にはクラーケン姫は荷が重い。毎晩触手で縛られたくはない。
行きと同様にフナ魚人さんに帰路を同行されながら、ようやく終わったとホッとした。出来るなら明日にも次代の浦島太郎に譲りたい。
「ああそう言えば、先代の浦島太郎さまはお元気ですか?」
「先代って言うと、じーちゃん? はいまあ釣りに行ったりと余生を楽しんでますね」
するとフナ魚人さんは変な顔をした……気がする。魚の表情の見分け方を知らないから確証はないけど、不可解そうな沈黙があった。
「ええと、どうかしました?」
怪訝にすれば、器用に気球を操作していた彼は僕の顔をじっと見つめた。行きも気球でお願いしたかった……っ。
てかさ、え、ど、どうしたの? こうしているとぱくぱくしている口がやけに気になってくる。
ゲーム感覚で何か放り込んだら怒るかな?
「先代はあなた様のお父上のはずですが?」
「はい? 何かの間違いでは?」
「玉手箱の影響で既に老人の姿でしたけれど、確かにあなた様のお父上かと」
僕は絶句した。
玉手箱で老人化しただって?
ばーちゃんの話を思い出す。煙玉手箱の襲来で大変な目に遭った海辺の街。
そう言えば道行く先で見かけるのは決まって年配の人ばっかりだ。
まさか……?
「あ、あの、失礼ですけど、乙姫様が玉手箱を大量に流したのって何年前の話かわかりますか?」
「ふーむ、確か一五年か六年かそのくらい前だったかと」
推測は現実味を帯び始める。
両親が消えたのはまさにその頃だ。
じゃあ、ずっと祖父母だと思っていたのは……。
いつも会う度に嬉しそうにしてくれて、僕の話を沢山聞きたがって、ごはんだっててんこ盛りでたんとお食べって言ってくれていた祖母。
僕を太らせて非常食にする悪い鬼ババなんかじゃない。
祖父は祖父で美味しい海の幸を釣ってきてくれて、一番大きいのを僕にくれる。
それは一見普通の祖父母と孫の光景だけど、煙玉手箱によって少し違ったものにもなる。
日本の常識的に父母では難しい外見になった二人は、苦肉の策として祖父母を名乗ったのかもしれない。
世界には直接的な血の繋がりの有無にかかわらず、年の差親子なんて珍しくないのに。
名前でからかわれるのなんてどうってこともないじゃないか。
何が、クソ親?
「浦島太郎さま……?」
「僕は今まで、両親を祖父母だと思っていました。僕を捨てたんだって恨み言だって本人たちだと気付かずに言ったりもして……」
ぐすぐすっと鼻から湿った音が出る。
「そうでしたか、それではもう今日からは親孝行できるではないですか。わたくしは親の顔など一目たりとも見たことがございませんでしたので、少しあなた様が羨ましいですよ」
僕はハッとした。
ああ、フナだから……。
僕は頬をパンと叩いて気持ちを入れ直す。
「あの、フナ橋さん、竜宮城に引き返してもらってもいいですか?」
フナ魚人さんはキョトンとした。たぶんだけど。
「試しに乙姫様の気持ちに応えようと思うんです」
「それはまた……お金のためですよね」
「はい、資金は必要ですから。好きになれるかはまだわかりませんけど、乙姫様にもその旨を告げてそれでも良ければお試しでお付き合いしたいなーと」
「ふふふふなふな」
「へ?」
「ああいえ、失礼しました。笑ってしまいました」
あー、笑い声か今の。フナだけに。
「わたくし、正直かつ打算的な方は好きですよ。陰ながらご協力致します」
人間だったらダンディな男性なんだろうなって感じのフナ魚人さんからの応援もあって僕は竜宮城に戻って馬鹿正直に気持ちを話した。
そして、前代未聞の年上彼女ができた。
乙姫様が何歳なのかは聞かないでおこうと思ってる。
ホントはクラーケンだし、色んな側面から束縛の強い乙姫様との交際は前途多難かもしれないけど、僕は僕で出来る限りの事をしよう。
両親のためにもね。
「――え? ほんにまあ……」
僕が帰宅して今までのあれこれをありがとうって伝えたら、ばーちゃんは目を丸くした。
二人が隠してきた事実を僕から言い当てられてビックリしたんだろうな。
「いやだねえちょっと、ばーちゃんは本当にあんたのばーちゃんじゃよう。じい様も本当にじい様じゃ」
玄関先、出迎えてくれた二人は苦笑している。
じーちゃんなんてばーちゃんの言葉にうんうんと頷いている。
「いや、無理にもう隠さなくてもいいんだよ? 写真がないのだってそのせいなんでしょ?」
二人は気まずそうに顔を見合わせた。ほらね、そうだ。
「あいつの写真ばー……ムカついて処分した」
とはじーちゃん。
「一枚くらい残しておいても良かったんじゃがねえ」
とはばーちゃん。
「…………じ、じゃあ、僕の両親は本当に僕を置いてったの?」
「あれは代々の浦島太郎の使命を怠って煙玉手箱の影響を受けてしまってなあ、街の皆からもだいぶ非難されたのじゃ、今頃もまだどこかのジャングルで若返りの秘薬を探しているじゃろうなあ」
「……へえ、そうなんだ」
じゃあ何か、僕の勝手な勘違いだったってわけか。
へーふーんそー……。
祖父母は慰めるように僕の肩に手を置いて優しく擦ってくれた。
「太郎にはばーちゃんたちがいるじゃろ。そう気を落とすでないよ」
僕はふるふると震えた。
何が親孝行?
煙玉手箱で老化したのだって、浦島太郎としての義務を怠けた父親の自業自得じゃん。そんな父親についてった母親も母親だ。どうしてもっと早く竜宮城に行きなさいって諌めなかった。
祖父母が写真すら処分した気持ちがよく理解できる。
「……っ……っ、やっぱクソ親じゃないかよーーーーっ!」
僕の覚悟と乙姫様に捧げる事にした青春をどうしてくれる。感動を返せ!
でもいい、両親は放置だ放置。ある日ぽっと出てきて金をせびってきたら蹴りでも入れちゃる!
その代わりに祖父母孝行する。あと叔母さん孝行も。
第一五七七代目浦島太郎の僕は、こうして先祖たちが決して足を踏み入れなかった領域――乙姫様との恋愛に足を踏み入れたのだった。
僕の人生に幸あれ。
因みに人生に海の幸はたっぷりあった。美味だった。
想定外に乙姫様も可愛い女性で、子供、五人できたよ……。
そうして、代々の浦島太郎の役目も僕の代で終わって、浦島太郎の物語は本当に昔の話になったってわけ。おしまい。
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