第5話 赤ずきん
ある所に赤ずきんちゃんがいました。
「赤ずきん、お祖母ちゃんの具合が悪いらしいから、お見舞いも兼ねてお使いを頼まれてくれない?」
「はぁい、お母さん」
「それじゃあブドウ酒と干し肉とパンをお祖母ちゃんのおうちに届けて来て。わかるわよね? 40000㎞先にあるお祖母ちゃんち?」
40000㎞!?
赤ずきんは森を一つ抜けただけのお祖母ちゃん
時々お母さんは物の単位を間違えるみたいなのです。
でも40000㎞って……赤道一周。
「いいけど……って何その量!? 宅急便じゃ駄目なの!?」
見れば、お母さんの用意したブドウ酒の
12本!
ですがまだ
干し肉は一抱えもあり、パンも何と山盛り。
お祖母ちゃんが一体何人いるんだって量です。
影分身できるの!?って量です。
「し、仕方ないなあ。じゃあ行ってきます。リヤカー貸してね」
「ええ、行ってらっしゃーい! 狼には気を付けなさいよ~?」
「はあい」
朗らかなお母さんはまだキッチンで何かを作っています。
今度はお菓子のようでした。
何でも、知り合いの老婦人から頼まれているのだとか。
お菓子の家でも作る気でしょうか?
ともあれ、免許がまだ取れないのでリヤカーを引っ張って赤ずきんちゃんは道を行きます。
逞しさ抜群です。
そのうち飛脚なんかもするのではないでしょうか。
赤ずきんじゃなくて鉢巻きとか巻いて欲しいくらいです。
ビバ筋肉祭り!
途中、森の泉に斧を落としていた人や、小人の家に侵入している少女を見かけましたが、赤ずきんちゃんはパンが傷まないうちにお祖母ちゃんに届けようと、一生懸命にリヤカーを
農耕用の牛になった気分でした。モ~。
ただ、重さのため進みは
そんな可愛い赤ずきんちゃんを木の陰から追う一対の目。
――狼です。
「ぐへへへあの子柔らかそうで美味そう~じゅるり」
この場合下ネタではありません。
純粋に肉食動物の食欲です。
腹減り狼は赤ずきんちゃんをどうにかして食べたくて、後をつけます。
「でもな、今襲ってもたぶんあのブドウ酒の瓶でぶん殴られて終わるだろ俺。あの子美味そうだが力強そうだし」
さてどうするか、と思案する狼。
しばらく尾行しているとあることに気付きます。
「ん? この先は婆さんの家しかない。そこに向かってるのか。だったら……」
しめしめと狼は先回りして、赤ずきんちゃん捕獲作戦を目論みます。
具合いの悪いお祖母さんの家に押し入って、
「きゃあ狼あーれー」
ぺろりと一飲み。
「げへへへ婆さんのフリをして寝てればきっと無防備に近付いて来るだろ。そこをガブリエル……じゃねえ、天使に見られてちゃやべえだろ。そこをガブリと……!」
狼はベッドに潜り込みます。
すると程なく、標的がやって来ました。
「お祖母ちゃーん、吾輩は赤ずきんである名前はまだない赤ずきんでーす!」
何だそれはと狼は思いましたが、敢えてスルーします。
「入っておいで~。鍵は開いてるから~」
裏声で頑張ってお祖母さんのふり。
「むむっ……!?」
赤ずきんちゃん、何か感づいたのか眉根を寄せます。
やはり身内の声を間違うわけがなかったのでしょう。
「――このパン、もうカビが……!」
すみません違いました。
「でもこんがりもう一度焼けば食べれるよね、うん!」
あははっ酷いですね。険悪な嫁姑関係並みのアレですね。
「じゃあ入るねー」
ガラガラとリヤカーを牽いて家に入る赤ずきんちゃん。
車幅が微妙でゴリッと玄関の壁を擦りました。
家がっ!
「ごめんお祖母ちゃん、名誉の破損!」
「それは名誉の負傷の間違いかなあ?」
これにはさすがに狼もスルーできず突っ込みます。
丸飲みしておきながらお祖母さんに同情もしました。
「ブドウ酒とパンとか持ってきたけど、お祖母ちゃん具合どう?」
「赤ずきんが近くに来てくれたら少しは良くなるよ」
赤ずきんちゃんは素直に従って案じます。
と、何か気になったのでしょう、まじまじとお祖母さんを凝視します。
「ねえ、お祖母ちゃんのお耳はどうしてそんなに狼みたいに
「狼!? ……い、いいや、お前の声をよく聞くためさ。もう少し傍においで」
こいつ勘いいな……とギクリとしましたが、狼は何とか誤魔化します。
「ふうん。じゃあその耳人間らしく丸くカットしてあげる!」
「え? ……え!?」
突然赤ずきんちゃんはハサミを取り出して意味ありげにシャキーンと鳴らします。
「ままま間に合ってるよ!」
「そう? わかった」
至極残念そうにする赤ずきんちゃん。
耳をカット!? 一体どんな教育をされたらそうなるの!?
と、さすがの狼も狼だけに
「あれ? お祖母ちゃんのお目目はどうしてそんなに大きいの?」
「お前の姿を良く見るためだよ。もっと傍においで」
赤ずきんちゃんは近付きます。
「お祖母ちゃんコンタクトにしたんだっけ。今日は具合悪くて入れてないよね? 私が入れてあげる~!」
「え? ええ!? いやいやいや今日はいい! だから目
「そうなの? ふうん」
残念至極そうな赤ずきんちゃん。
狼はホッとします。けれど何となくこの子にやべえものを感じていました。
「ねえ、お祖母ちゃんのお口はどうしてそんなに臭いの?」
「臭っ!?
「わかった」
よっしゃあ!
とうとう至近まで来た赤ずきんちゃん。
狼は何とか最後の問いに
「わかった。お祖母ちゃんのお口はどうしてそんなに大きいの?」
キタ――――ッ!!
狼は目をくわっと見開きます。
「可愛いお前を食べりゅ――――…………!!!???」
「ワインの瓶ごとお口に入れるためだよね!!」
…………。
……。
…。
「――――ッッ!!」
森の家に声にならない悲鳴が上がります。
その頃ちょうど付近を通りかかった猟師がいました。
最近狼が出没するというので巡回していたのです。
「あの家……何か強いパワーを感じる……?」
彼は霊感的なものが抜群でした。
慎重に駆け付け、銃を構えハードボイルドにドバーンとドアを蹴り開けます。
「何かいますかぁぁ~……?」
弱腰台詞とアクションがミスマッチです。
猟師はそこで信じられないものを見ました。
「…………え? ええ!?」
「ひゃ、ひゃふへてふなはいぃ~」
助けて下さい、そう言っているのでしょう。
「道理でヒゲ長いと思ったら狼だったんだ。ヒゲ切ってあげる!」
「――――んむうう!!(泣)」
「あでも、もう肉食べないって血判状書くなら許してあげる」
猟師が見たのは、片手にハサミを持った赤ずきんちゃんにブドウ酒の瓶を無理無理口に入れられている狼の図でした。
リヤカー牽きは伊達じゃありませんでした。筋肉万歳です。
命の危機だったはずの赤ずきんちゃん――――こうなりました。
見回り猟師、おず…と一歩足を引き、
「あー、ええと、霊もいないし、異常なっし☆」
何も見なかった事にして静かにパタンとドアを閉めました。
猟友会にも狼云々は無事解決と報告するつもりです。
「ふひぇあああああふぁっへええええ!」
おそらく引き留めたのでしょう。
後には狼の悲鳴がしばらく続いていたとか。
その後、お祖母さんは赤ずきんちゃんの腹への一発で無事に生きて出て来ました。
「お祖母ちゃん良かった~!」
「ああ赤ずきんやありがとう~!」
「やっぱりお口臭い~」
「んま!?」
一方狼は、余りの恐怖に改心して、
めでたしめでたし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます