第34話 サルカニ合戦

 カニが何故かおにぎりを持って歩いていました。


 何故世界は世界としてここにあるのか?

 そんな私たちの存在に関わる問いと同等の疑問ですが、とにかくカニはおにぎりを持って歩いていました。


 二本の強力なはさみで押し潰したり木っ端にちょん切ったりする事もなく、手先ならぬ鋏先のとても器用なカニでした。


 そんなカニを見つめる空腹のサルがいました。

 めっちゃお腹が空いているホームレスサルでした。

 ぶっちゃけカニ喰いて~とか思っていましたが、鋏で返り討ちに遭うのは必至。

 我慢します。


「すみませんそこの奥さん、そのおにぎりを僕にくれませんか?」


 道端で向き合って、いざ交渉開始です。

 サルの問いかけにカニは額と言うか甲羅にむかつきマークを浮かべます。


「私はまだ奥さんじゃないよ! 娘さんだよ! 婚活中でどうせまだ独身だよ、親からは早くいい相手見つけろとか実家帰る度に急っ突かれてるよッ。悪いかい!?」


 地雷……。

 色々と周りが五月蠅い微妙な年齢のカニさんだったようです。

 サルは初っ端からやらかしました。

 おにぎりが遠くなります。


「こ、これはすみません。……その鬼気迫る意気込みがかえって逆効果…」

「あ゛あ゛ん!?」

「いっいえ何でも。ではお嬢さん、この世界に一つのすごい柿の種とそのおにぎりを交換しては頂けないでしょうか?」


 口が巧く人当たりだけはいいサルは、実は道端に落ちていた柿の種をカニに差し出します。

 しかしカニは千里眼の如く賢く鋭い眼差しで看破し、サルをめ上げました。


「はあ? 私にそんな道端に落ちていた雑菌塗れの不潔な菓子を食べさせようってのかい?」

「あわわわわわわ菓子だなんて滅相もない! 普通に柿の種ですよ!」

「だから柿の種ってのはピーナッツと一緒に小袋に入ったりした米菓子のことだ…」

「それは柿ピー…….いえいえ某会社の商品じゃありませんて! この場合大自然が生んだ自然の種ですって! オンリーワンですよ!」

「へえ? そうなのかい?」


 カニは半信半疑でサルを見上げています。


「まどっちにせよ落ちてたもんには変わりないんだろうが、この詐欺師がっ」


 ご立腹のカニは鋏をチョキチョキさせてサルを威嚇しました。


「バ、バレては仕方がないですね。しかしこの種を植えて沢山の実をならせれば一攫千金ですよ! 投資には持ってこいの物品ですよこれは」


 一攫千金。

 想像し思案したカニは一理あると唸ります。


「育て方によっちゃ確かにその可能性はあるね」

「でしょう? ですから今こそ投資を! これは高配当をうたう怪しい類の話でも何でもありません。将来のビジョンを含めた物々交換なんです」

「ふうむ。まあおにぎりだしいいか」


 カニは納得し、サルとの取引に応じました。

 サルはおにぎりで腹を満たし、カニは気楽に種を植えて育てる事に。


 ああこれで二匹の悪縁は切れたかと思われたのですが、桃栗三年柿八年の八年後、再び二者は相まみえる事に……。


 ちなみにカニは「早く芽を出さないとちょん切るぞ~」とか柿の種を脅したりはしなかったので、ストレスなく育った柿は木の実セレクション金賞受賞間違いなしの見事な実を付けました。


「あんた……こんな立派な実を付けたよ! 見たいって言ってたよね?」


 八年の間に出会いそしてカニのくせに溺れるという不慮の事故で死に別れた旦那カニへと、現在臨月の妊婦カニは柿の木の傍にあるその墓前に報告します。


 そこへサルが現れました。


「ほおほお、何と素晴らしい柿でしょうか! これは是非とも我が社で取り扱いたい品だ」

「あれ? あんたは昔種をくれたサル」

「そういうあなたは、カニのお嬢さん」

「もう奥さんだよ! この腹のどこをどう見たらまだ独身に見えるんだい!?」

「え、単に贅肉なのかと…」

「あ゛あ゛ん!?」

「いっいえ何でも」


 またもやサルは地雷を……。


「それよりこの柿の実を譲って下さい。大ヒット商品にしてみせましょう!」


 サルは名刺を差し出しカニはそれをとっくり眺めます。


「貿易会社社長かい。浮浪者だったあんたも出世したねえ。でも本気かい?」

「ええ。これは間違いなく世界に通じるメイドインジャパンとなるでしょう!!」

「そうかい」


 カニはマジックハンドで器用に柿を一つもぎ取ると、サルに味見するように促します。

 味見したサルはやはり自分の目に狂いはなかったと実感しました。

 味わってみてふとある欲望が湧き起こります。


(僕も桃太郎のサル君みたいに有名になりたい! これを大ヒットさせてテレビで通販番組を組めれば……!)


 そしてこうも思います。


(元々は僕が渡した柿の種。この柿の木を全部自分の物にしてしまえば元手は掛からない)


 ああ何て悪いサルでしょう。

 思い立ったサルは木に登るや硬い実をカニに投げつけました。


 ノーコンでした。


「「……」」


 カニは青筋を立て素早くマジックハンドで枝上のサルを鷲摑みにすると、怒りに震える声で糾弾します。


「今のは一体全体どういうつもりだい? この殺カニ者がっ」

「み、未遂です。……つい魔が差したと言いますか……すみません」

「謝って済むなら警察いらないよ! この私を殺そうとしたんだ、覚悟は出来てるだろうね?」


 下手な刀より余程切れる鋏をカニはチョキチョキ。


「ひいいいいい!」


 ところが、


「うっ……! 生まれるううっ!」


 何とカニは産気づきます。破水までしてしまいます。

 サルはカニの拘束が緩んだ隙に逃げ出しましたが、苦しそうにするカニを見て思い直します。湯を沸かし、清潔なタオルを用意し、カニの傍に膝を着きます。


「さあ、このままいきんで下さい!」

「あんた……」

「諸々の続きは後で。今は出産に集中して下さい!」

「サル……」


 そうして三日三晩の難産でしたがカニは母子共に無事、サルは満足そうな笑みと共に疲労困憊で倒れ込みました。


 子カニたちは生まれた時から元気はつらつ。健康でつやつや。


 産後間もないお母さんカニに代わって疲れ切ったサルを湯治に連れて行ってあげました。

 カニの恩返しです。




「は~、あったまる。美味しい料理もたらふく食べれたし、疲れが溶け出していくようだなあ……」


 頭にタオルを乗せサルが温泉でほっこりしていると、温泉に入るサルの図が受けたのかたちまち現地取材陣が押し寄せました。


「どうして温泉に入ろうと思ったんですか?」


 との記者の問いに、サルは満面の笑みで答えます。


「半分は湯治が目的ですが、ここの源泉は温泉卵も出来ちゃうくらい高温と聞いたので、ちょうど高級食材も手に入りましたし、羽目を外そうかなって」



 サルの脇には――小さなカニの殻がたくさん転がっていました。



 ああ何てこと、カニ道楽の後です。

 一匹より多数。

 悪賢いサルはこれを狙っていたのでしょう。


 後に「あれ? 俺ら出番なくね?」とか危機感を抱いていた殺し屋たち――栗と臼と蜂と牛糞、そして全財産を投じるという破格な報酬で依頼をしたお母さんカニによって、恩を仇で返したサルが成敗されたのは言うまでもありません。八つ裂きです。古代中国とかであった車裂きの刑です。そりゃもう凄惨でした。


 一方、海外ではカニ印のとある高級柿が人気を博していました。

 あの柿の木には一つの実も残っていなかったと言います。


「全部使っちまって悪いね。来年もいい実を付けるんだよ。元気でね。私は刑事として世に蔓延はびこる犯罪者を取っ捕まえることに専念するからさ」

「お母さん早く行こうよ」

「そうだね」


 奇跡的に逃げ延びた一匹の子ガニを連れ、後に伝説の千里眼刑事と称される事になるお母さんカニは木肌を撫で、決意の眼差しでこの地を去りました。


 季節は移ろいそして……。

 柿の木が実を付ける頃、新たな物語が生まれるのでしょう。



――完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る