第52話 こぶとり爺さん
とある爺さんAは配信者でした。
「はあー、この頃視聴者数減ってきてるのー。どこかにドカーンと伸ばせるような面白い場所はねえかのー? チェーケラ~」
自撮りしながら歩いています。若干ラップ調です。
この爺さんAはそんなナウい事を生業にしています。
おや、爺さんAの右の頬に大きなこぶがありますね。
最初はどうにか取れないものかと地元のヤブ医者に相談したもののヤブ医者なので全く役に立たなかったそうです。
これも配信していたのでちょっと問題になったようなギリならなかったような微妙な感じでした。なので視聴者数も微妙な伸びしか記録しませんでした。
「今思えば竹取の翁(※第1話竹取物語参照)のとこにでも行けば良かったかもチェケラー。彼は基本外科医だし、チェケラッチョー」
実は雰囲気イケメンならぬ雰囲気ラッパーなのでチェケラー系しか知らない俄か爺さんAは、もうこぶは己の半身とまで無理やり思い込む事にして取るのは諦めて配信をしていましたが、いつしかそのこぶがトレードマークになっていたようで、寄せられるコメントには親しみを込めてなのか揶揄してなのかこぶ爺こぶ爺と、時々間違ってこぶ平と書かれていました。
親近感を持たれるのは大切です。そんなわけで最近ではもう身から出たこぶという風に納得して過ごしていたようです。
しかしこぶ爺と呼ばれてもそもそも人気が無くなれば死活問題!
いや地道に山に柴刈りに行けよって話ですが、この爺さんAは配信の申し子(八〇歳から始めた)なのでどうにも配信者をやめられません。
しかも葬式費用は配信で稼ぐ!と決めていました。ホント柴刈り行けよです。
とは言え、進退を決めかね日々悩みながらも配信を続けていた爺さんAでしたが、ある日自撮りに集中するあまり周囲に気を回さなかったせいか、何とうっかり鬼の洞窟に迷い込んでしまいました。
そこに最悪にも鬼たちが戻って来て宴会を始めてしまいます。こうなっては出るに出られません。
たとえ家に帰ると鬼嫁(ある意味鬼婆とも言う)がいるにしてもさすがに本物の鬼に遭遇した爺さんAは身が竦む思いです。チビりそうです。配信中なのに。
「いやいっそ……? 人数増えるかもしれんし。チェケラ」
チェケラ言えてるならチビらないでしょう。
もちろん小声です。鬼に見つかれば大変ですからね。暫く身を潜めていた爺さんAでしたが、ハッと閃きます。
「この配信者のわしが鬼に遭遇とか、もうこれ天意だYo~!」
出ましたっ、Yo~!です、新技です!
そんなわけで爺さんA、廃墟に突撃する配信者のように顎下からのアップを自撮りで披露しつつ、岩陰でうずうずしながら鬼たちの前に出て堂々と撮影するチャンスを窺います。需要なきジジイのアップ顔がしばらーく続きました。
「おい、何か面白い踊りをしろー」
様子見していると、酒に酔った鬼の頭が手下に言いました。
これだっ、と爺さんA。さりげなく鬼たちの前に出て踊ります。
天下一品のブレイキンを!
大会ではどの曲が掛かるか始まるまでわからないブレイキンを!
妻のハートを落としたブレイキンを!
まだ鬼嫁だとは思わなかった遠く輝かしい過去の日、爺さんAは結婚して下さいと猛烈ヘッドスピンをしたと語ります。
その勢いで大気の渦ができ、バタフライ効果で遠い異国の大海を荒れさせたのはご愛嬌。(誰も思いませんが)
その
爺さんAの脳裏には、まだ可憐で恥じらいもあって謙虚だった若かりし妻の姿が浮かびます。
「チェケチェケチェケラーッ! あの頃のお前にもっすご会いたいYo~、チェケラ!」
夢中で叫び、踊り、我に返れば、鬼たちからは拍手喝采の嵐。海に起こしたのは大嵐。短歌・俳句の季語に青嵐。
さてさて、渾身のブレイキンですが、カメラを固定して生配信していたので全てがバッチリ流れていた事でしょう。
これは期待できそうです。
「ふっへー! 人間、おめえすげえな! 回転するのに遠心力で邪魔になりそうなそのこぶ、取ってやっからよ、もっと沢山踊ってくれや!」
「へ? あ、い、いえ結構ですから、これは最早トレードマークでして取らなくてい――」
ぶちっ!
「あッ――――」
次の瞬間にはカメラが倒れ、画面は暗転、真っ暗に。
配信が強制中断されました。
あの後何が起きたのか、視聴者の誰も知りません。
翌日、頬にもうこぶはなかったそうですが、爺さんA本人もけろりとして何事もなかったように配信は再開されたと言います。
一方、爺さんAの隣家には、柴刈りで生計を立てている爺さんBが住んでいました。
こぶなしです。
奥様とは互いに子供連れで再婚しましたのでそのこぶではなく、物理的に体にこぶはないという意味です。こぶはないですが、少々痔を患っていてイボならあるそうです。どうでもいい情報です。
そんな爺さんBの家に何と夜中、鬼の頭がこっそりやって来ました。
泣いた赤鬼でもないのにどうしてなのか泣いています。
「ど、どうされたのですか?」
「人間よ、どうか助けてくれ」
「ええと?」
「今すぐ爺さんAの配信観てチャンネル登録してコメントしてくれ! あんたはそのままでも十分だって、そう書き込んでほしいんだ! おれたちには人間のSNSはさっぱりだからよ。鬼助けだと思って頼むう~!」
爺さんB、いまいち状況がわかりかねましたが、断っても怖かったので、とりあえずそのチャンネルを検索してみました。すると本当に隣の爺さんが配信中でした。
「ん? あれ? でも何か別人のような気が……? 個性が無くなった? ああっ、トレードマークのこぶがない!」
「そうだ、こぶをとってやったんだ。喜ぶかと思ったんだようっ。けどそしたらあの爺さん『よくもわしのトレードマークを勝手に取ってくれたな、訴えるぞ!』とか怒りまくってな。……終いには知ってる秘密暴露するぞって……。人間は見た目によらねーよな」
弱味を世間に公表されたくない鬼たちはたじたじだったそうです。大の鬼が泣き崩れる姿に憐れみさえ感じ、爺さんBは爺さんAの配信にコメントを送ります。
――こぶがない方がイケジジですよ! よっイケ爺!
――その年齢でほっぺたつぅるんで素晴らしいです!
――若返った!
――個性が薄いのが個性ですよ!
などなど、怒濤の賛辞を送りました。
爺さんAは謎の視聴者からの真心のコメントのおかげですっかり怒りを解いたと言います。水のトラブルならぬ鬼のトラブル解決です。
後日、爺さんBは感謝の証だとして鬼の宴会にゲストとして招待されました。
爺さんBは思いもかけず鬼たちの英雄、救世主となったのです。
その宴では何と、ブレイキンを踊り出した鬼の頭からこぶをくっ付けられました。何で……。
「これでどの鬼が見ても恩人のおめえさんだってわかるようになったな。何か助けが必要な時はいつでもその辺にいる奴に声を掛けてくれ。財でも権力でも、どんな後ろ暗い事でもやってくれるからよ」
「ええと……」
爺さんBは困惑します。わあ~鬼ってその辺にいるんだあ~っと実は密かに戦慄しました。その辺にいるとは知らなかったのです。
「実はおれたちも独自の鬼SNSを作ったんだよ。だからおめえさん、鬼SNSにチャンネル開設しろ、な?」
「え? はい?」
急な要請に戸惑うばかりの爺さんBでしたが、実は既にこれは鬼が撮影して配信してもいました。
爺さんBを紹介するとして、鬼仲間に向けての生配信をしていたのです。
「皆さーんこの方が人間なのに鬼の恩人でインフルエンサー予定の爺さんBです。チャンネル開設間近。開設したら登録お願いしまーす! ……絶対しろな? はーい、チャームポイントはこぶでーす!」
「あの……え? は?」
頭からの圧力もあってか爺さんBのチャンネル開設と同時に登録者数は鰻登り。万単位です。
爺さんBの左の頬には望まずもこぶが付きましたが、人間の知らない鬼界の伝説の配信者、左頬のこぶ爺として鬼SNSの歴史に名を残したとか。
配信中に謎の事故やハッキングが相次ぎ配信を止めた爺さんAとは違い、爺さんB……配信者として相当稼ぎました。本人自覚なくも裏のドンでした。
因みに爺さんAは配信を止め地道に柴刈りに精を出すようになって以降体が鍛えられ、キレッキレのブレイキンが踊れるようになると、オリンピックで優勝しました。
中国ドラマのワイヤーアクションも真っ青の飛びっぷりでした。ブレイキーーーーンって感じでした。
その活躍があり、人気ダンサーとして名を馳せました。
あと鬼婆嫁はあの人はまた年甲斐もなく、なんて言いながらも必ず公演には足を運んでくれていたそうです。
隣同士に暮らしながら全くかけ離れた人生を歩んだ爺さん二人。幸か不幸か知るは当人たちのみぞ、という所でしょう。
おしまイキーン。
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