第53話 大きなかぶ
お爺さんが畑にカブを植えました。
このお爺さん、別に生業が農家というわけではありません。株でがっぽり儲けていたので道楽です。株にかけて洒落で野菜のカブを植えてみたのです。
完全セレブなファーマーです。けれども植えた作物へ誰よりも愛情を注いで育てています。
「甘ーく大きく育つんだよー」
毎日牛舎で聴かせるクラシックのように、カブの苗に同じ言葉をかけ続けました。雨の日も風の日も雪の日も雹の日も。
とりわけ苗の小さいうちは雹の日などは覆い被さり身を挺して守りました。
その甲斐あってか、カブはお爺さんの願い通り大きく大きく大き~く育ちました。
ビルくらいに。
「うーん、これはカブではなかったなあ。宇宙からきたカブの種に似た何かだったようだなあ」
育ち切る前にどうして気付かなかったのでしょうか?
わかりません。ボケが相当進行しているのかもしれません。
或いは確信犯で、違うと知っていて未知の何かを育ててみたかったのかもしれません。
真実は一つですが、それを知るのはお爺さんのみ。
「食べられない訳ではなさそうだが、それ以前に最早引っこ抜ける大きさではないし、取り立てて面白いものでもないから廃棄処分するしかないよなあ。解体費用はいくらくらいかかるのやら。……もういっそ中をくり貫いて分譲マンションにでもするのもあり? コンセプトは毎日ヘルシー洞窟気分でどうだろう」
お爺さんが投げやり気味にそう決めた途端、カブではなかった巨大な何かは戦慄したようにゴゴゴと震えると、地中から飛び立って宇宙の星になりました。おそらく人語を解する知的生命体だったのでしょう。命の危険を察知したと思われます。
「行ってしまったよ……」
心底驚きつつも国産ロケットを見送る気分で見上げていたお爺さんは今度こそカブを植えようと意気込みます。何度も種屋に確認したカブの種を撒いて生長を見守ります。
幸い今度はちゃんとカブだったようです。
ただし、またとてつもなく大きくなりました。
でもカブです。間違いなくカブで、単にとてつもなく大きくなってしまっただけのようです。
「収穫時だなあ。これを持って帰ったら皆驚くぞお。今夜の晩飯はカブ三昧だなあ。カブ一年分はあるからなあ」
家族の驚き喜ぶ顔を思い浮かべお爺さんは張り切ってカブを引っ張ります。何故ならそこそこ食費が浮きます。
ただ、一抱え以上、いえ人間よりもある大きさのカブをたったの一人で地面から抜くと言う不可能を承知なのでしょうか?
結局は「うんとこしょ、どっこいしょ」と踏ん張っても気張っても大きなカブはビクともしませんでした。
これは一人では土台無理だったと悟ったお爺さんは、手伝ってもらおうとお婆さんを呼んできます。
「あらまあ、どんな大きなカブかと思いましたら、相当ですねえ。これならかなりの量の千枚漬けや浅漬けが作れますねえ。煮た軟らかいものも私は好きですしねえ」
「……くれぐれも塩は入れ過ぎないように頼むよ婆さん」
「はいはい、わかってますよ。あなた近頃少し血圧高めですものねえ」
勿論お婆さん、心得ています。
そんなお婆さん、大きなカブの横に何やら別の植物が埋まっているのに気付きます。
「あらあらなんでしょうこれは? 人参に似ているようですけれど……?」
何の気なしにお婆さん、えいっとそれを引っこ抜きます。
途端、ぎゃあああああ-っという凄まじいこの世のものとは思えない声が畑一面に響き渡りました。
お婆さんの引っこ抜いた物、何とそれは伝説のマンドラゴラ、別名マンドレイクとも言われる植物だったのです。
件のマンドラゴラ、その叫び声を聞いた者は気が触れるとか命を落とすとまで言われる恐ろしい物でした。
「はれ? お爺さん今何か言いました?」
「いいや。ところでその手に持っているのは何だい? 人面根菜? その二股で歩き出しそうだなあ。気色悪くて美味しくもなさげだから、畑に捨て置いて肥やしにでもした方がいいんじゃないかい?」
「確かにそうですねえ」
耳の遠い老夫婦にはマンドラゴラの絶叫は全く効きませんでした。しかも捨て置かれました。
その後、二人の注意が大きなカブに向き最早視線さえ向けられなくなった頃、マンドラゴラはいそいそと起き出して二人を一瞥すると肩を落としトボトボとどこかへ歩き去って行ったようでした。どこへ行ったのかは誰もわかりません。
そもそも何故そこに生えていたのかもわかりません。少し哀愁の漂う背中でした。
話を戻しましょう。
お爺さんとお婆さんは二人の力を合わせて「うんとこしょ、どっこいしょ」とカブを引っ張ります。しかしいくら頑張っても抜けませんでした。
「二人では無理だったかあ。もう一人必要だなあ」
「それなら適任者がいましたねえ」
そんなわけでお婆さんは助っ人二号に孫娘を呼んできました。
「ねえじーちゃん、これバイトって考えると時給五千円でしょ? めっちゃ重労働だもんね。引っこ抜けたら特別賞与も出るよね?」
孫娘、ちゃっかりしています。お爺さんが株で儲けているのを知っているので足元を見られてる感もあります。
しかし背に腹は代えられません。可愛い孫娘でもあるからと条件を呑みました。
カブを三人で引っ張る前に孫娘は畑に変な物が埋まっているのに気付きます。
「えっ、何あれ? まさかの不法投棄? うーんいや違うか、何だろ……」
近寄って行って暫し絶句しました。
やがて「何って破廉恥な」と顔をしかめてそれを掘り出します。
「何だ、大きな桃か。誰だよ人ん家の畑に尻を埋めた奴はってムカついたけど。な~んだ、桃か~」
孫娘は老夫婦二人が頼りにしただけあって結構の力持ちさんです。大きな桃を軽々として持ち上げると、えいやっとどこかへと投げました。この畑に大きな桃は要らないのです。そもそもこの孫娘、桃アレルギーなのでNGでした。
遠くの方ではぼちゃーーん!と水に落ちた音がしていました。この近くには川があるのです。
その桃がどこへ流れていったのかは誰も知りません。
話を戻しましょう。
三人は「うんとこしょ、どっこいしょ」とカブを引っ張りましたが抜けませんでした。
お爺さん、三人でも駄目だったので他に誰かいい助っ人はいないかと孫娘に相談し、孫娘に紹介料をねだられ仕方なく渡して犬を連れてきてもらいました。
「宜しく頼むなあ」
「わかりましたワン!」
しゃべる犬でした。詳細は割愛します。
そうして三人と一匹の息の合った定番の掛け声が上がります。
……結果はこの上なく駄目でした。
「もう諦めるしかないのかもしれないなあ」
弱気になるお爺さん。その気になれば重機でも何でも持ってこれるのにそうしません。
金持ちはケチという通説を体現しています。
「諦めたらそこで終了だよじーちゃん!」
孫娘です。
その言葉に感動と勇気をもらったお爺さん。更なる助っ人をと、犬に猫を連れてきてもらいました。
「にゃーんにゃーん」
「「「可愛い……っ」」」
猫が現れるや、畑は猫カフェのようになりました。人間三人は猫を囲んでまったり癒されています。至福です。
その光景を犬は舌打ちしたそうな顔で眺めていました。
孫娘が猫の毛でくしゃみをして三人はカブの存在を思い出し、さあ作業再開です。
……結果は、それでも歯が立ちませんでした。
「まだ無理だったかあ」
「腰が痛くなってきたわねえ」
「じーちゃん残業手当て~」
「きっと猫が本気出していないんだワン」
「にゃにゃ!? ふんにゃ!」
そろそろ角が立ちそうです。
犬を睨んでいた猫は、時々変な場所をじっと見つめる霊感的なあれで、もう少し力があればいいのだと何となくわかり一旦その場を離れます。
本来は助力を乞うなどしたくない相手へとプライドを捨てて頭を下げるつもりだったのです。
猫の決心を知らない皆は、逃げたか、と犬だけはほくそ笑みましたが、他三人は残念そうにしました。
しかしすぐに猫は戻ってきました。
ネズミを連れて!
「にゃーん!」
「チュー!」
誇らしそうに力こぶを作るネズミを、これまた渋々の体で猫が紹介します。
お爺さん、お婆さん、孫娘は目を丸くします。
「「「まさかのトム○ジェリー?」」」
犬だけは怪訝にしました。普通に猫はネズミを食べるものだと思っているので心底不思議だったのです。
ともかく、全員でカブを引っ張りました。
ついに、すっぽーんと抜けました。
「抜けたあああーーーーっ!」×7(あれ? 一人多い……)
まるでワールドカップのゴール前での攻防のように、皆が興奮に沸きました。
この時どこかで「ん? 呼んだ?」とすっぽんだかカメが顔を上げましたがどうでもいいですね。
とうとうやり遂げたと全員が全員とハイタッチ。
大きなカブは美味しく食される事でしょう。
因みに、大仕事を終えた解放感からか数日後お爺さんはかねてからの仲間とツーリングの旅に出ました。スーパーカブで。
めでたしめでたし。
「――そうかワン。これが仲間と力を合わせるって事かワン」
他方、犬は犬で何か大事な心を悟ったようです。その後この犬が何かの折に活躍するのか否かはまだ誰も知りません。
おしまい。
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