第54話 走れメロス

「何っっって酷い国王なんだあああ!!」


 メロスは激怒した。


 話に聞いたとある国王の暴政に烈火の如く怒った。それはもう怒りで何か未知のパワーが覚醒するかのように猛烈に。大噴火だ。

 でも、その場で激怒しただけだった。ややあって休火山になる。

 それよりも今は親友と共同経営しているメロス……ではなくメロン畑の手入れに忙しく、更には日も差し迫る妹の結婚式の方が気になってそれどころではなかったのだ。メロスは推しうちわまで手作りするくらいにシスコンであった。


 ただ、暇潰しに国王への「反対意見」をSNSに書きまくった。


 その後まもなく逮捕され、国王に楯突いた咎で処刑の憂き目に遭おうとしていたので、どのような内容の反対意見なのかはおわかりだろう。国王の行い同様に決して綺麗な言葉達ではなかったようだ。


 まあそれは置いておくとして、メロスは処刑されるのは仕方ないと諦めたが、どうしても妹の結婚式にだけは出たかった。


 なので、


「あのさ頼みがある、我が友セリーヌ・ディオンよ」

「いや、セリヌンティウスだから俺」

「あー、ごめんそうだったっけ」

「そうだったっけ!? どうして間違えるんだよそこ! 間違うくらい音近い!? そもそも俺ら何年親友やってんの? セリヌンティウスだから俺。しかもどうして・まで入れた? セリヌンティウスに・ないだろうが」

「あー、だよね。本・当・に・ご・め・ん! と・こ・ろ・で・僕・の・妹・愛・の・た・め・に・人・質・に・な・っ・て!」

「馬鹿にしてんだろお前えーっ! 誠意もナッシング!」


 因みに、メロスの親友は彼のせいで「セリヌンティウスだから俺」というのが口癖になっていて、周囲からは自己主張の激しい奴だなどと思われていたちょっと気の毒な男でもあった。


「どうか頼むよテリーヌ!」

「セリヌンティウスだから俺!! セリーヌですらなくなったし!」


 どんなわけかは知らないそんなわけで親友を人質に、悪辣国王から三日間の猶予をもらったメロスだった。


「期限まで絶対に帰ってくるから! だからそれまで餅をのどに詰まらせたりするなよ」

「いやそれはどんな励まし方? この国にない餅をわざわざお取り寄せして暗に死ねって言ってんのかこら!? 実はクズだろお前!」

くず? 葛餅美味しいよね。僕はメロンが好きだけど」

「意味がわからんっ!!」

「ふふふ、戻ったらとんでもなく美味しいメロンご馳走するよ! 密かに改良を続けて新種を完成させていたのさ! 一口で天にも昇る心地だって保証する!」

「……その頃既に天国にいないことを願うがな」

「じゃ行ってきま~す」

「俺の命軽っ!」


 正直、三日は短い。ギリギリ行って帰って来れるかという期間だった。だからこそメロスは全力を出した。

 結婚祝いの品の高級メロンを抱えて。


 落とさないように全力で慎重になったのでかなり期限内に帰れるか危うい状況になったメロスは、国王との取引とは関係ないがメロンが大好きだ。


 単に字面が似ているからと羊飼いの片手間に洒落で育ててみたら絶品で、以来人質親友と一緒に大規模栽培を始めてしまうレベルで。


 特にメロスは品種改良が好きで日々改良を重ね、ついには舌が蕩ける程の美味しさの年に数個しか収穫ができないという幻のメロンをも作り出した。秘密裏に作ったのもあり流通はしておらず入手の困難なそれは、たとえ国王と言えども右に同じだ。

 稀少なそのメロンのうち一つは妹への結婚祝いとした。


 それはともかく、とうとう三日の期限が来てしまった。


 しかしメロスはまだ戻っては来ない。


 国王は処刑場へとセリヌンティウスを引っ立てるとせせら笑った。


「どうやらメロスは逃げたようだな。ハハハ友に裏切られたなセリーヌとやらよ!」

「いやセリヌンティウスだから俺!」


 どこまで誤った名前が浸透しているのか、よもやこの国王にまでとは想像し得なかった……とセリヌンティウスは戦慄に震えた。これも全てメロスのせいだ。


 とは言え彼は親友を信じていた。


 メロスはきっと戻ってくる、と。


 何故ならメロン畑は今がまさに収穫最盛期。既に三日と開けてしまっているのは農家としては痛手。

 一番良い状態を一玉一玉見極めて出荷しご満足頂ける経営を信条とするメロスだからこそ、必ず帰ってくるはずだと。


 余談だが、規格外などで出荷できないメロンは羊に食わせている。メロン羊だ。ブランド化して売り出せないものだろうかと二人でよく話には出していた。

 既に世の中には乳用の羊やヤギなどに与えると良いらしいとされているメロン由来の抗酸化物質メロフィードなる製品(メロンと羊で検索したら偶然出てきた!)もあるようなのだ。

 自分達のメロンだってきっと羊達には有効だろうとセリヌンティウスは思っていた。


「ふはははは! そろそろ時間切れだ。愚かにも他人なんぞを信じるから貴様は死ぬのだ」


 哄笑する国王へと「愚かなのは人を信じられないあなただ!」とセリヌンティウスは探偵が真犯人を暴くクライマックス時のようにピシャリと指差しする。


 セリヌンティウスのくせに何故かカッコ良く様になっていたので、自己主張強めでもたまにはいいなと集った観衆一同は頷いた。


 だが、時間は時間。


「これよりこの愚かな男セリヌンティウスの処刑を敢行する!」

「いやセリヌンティウスだか……――えっ!? きちんと呼ばれた!?」


 しかも極悪非道な国王に。今すぐ忠誠を誓ってもいいとすら彼は感動した。されど掌を返すにはもう遅い。


「処刑しろ!」

「くっ、メロス……!!」

「その処刑待ってーーーーーーーーっ!」

「「「「「メロ……ス?」」」」」


 メロスかっと誰もがハッとしたが、そこにいたのは何と……――メロンだった。


 ?????????????????????(セリヌンティウスと国王と群衆とかの心理)


 黄緑色の球体に手と足と顔のついた、メロンだった。


「もしもの時には代理を頼むってメロスから言われていたの!」

「メロンがメロスの代理……代理メロン。産地が代理って地名でも、代理メロン……いや何を言っているんだ俺は」


 混乱するセリヌンティウスは国王へと縋る目を向ける。


「どゆこと? メロンが動いて喋ってますけど?」

「わしに聞かれても……。貴様らの畑のメロンだろうに。暴虐な王のわしでもさすがにここまで乱暴な展開は無理」

「え? いやそれもどゆこと? メタ発言? 意味わかんね!」

「と言うか貴様先程から不敬が過ぎるぞ。処刑人、こやつの首を早くはねよ!」

「くっメロンああいやメロス……!!」


 己は今日のこの時に死ぬだろう。それでも最期までメロスを信じりゅっ、とセリヌンティウスはぎゅっと目を瞑る。


 振り下ろされる刃。


 どよめく観衆。


 ぶっしゃあああーーーーっと赤い汁が飛び散った。


「…………あれ? 痛くない――なっ……!? どっどうしてだよお前っ、メロン!!」

「お怪我がなくて、何よりです……っ」


 一同(;゚Д゚)(;゚Д゚)(;゚Д゚)だ。


 もう絵文字↑↑↑で表現するくらいにこの上なく唖然だった。


 何故なら、メロンが処刑人の剣を彼に代わって受け止めていた。


 真剣白羽取りなどではなく、文字通り身を挺してセリヌンティウスを庇ったのだ。

 まだ全く熟していないのか恐ろしく実が硬く剣を果肉の中程で止めているのも驚きだった。普通なら真っ二つだ。

 某梨のゆるキャラ妖精宜しく果汁をぶっしゃあああしながらも、メロンは気丈だった。処刑人も精神衝撃に剣を手放したのでぶっ刺さったままというシュールな絵になっている。

 メロンは自らでふんっとその剣を抜いて捨てた。

 切られても平気とか不死身の化け物メロンかと思われるがそうではない。元々切られて食されるので別にこんなものかと達観しているのだ。


「ふう、やっぱり最初ちょっとチクッとはするわね」


 予防注射かっ、と最早絶句する中心登場人物達。

 するとモブ観衆の中の一人が叫んだ。


「あれ、そう言えばどうして? メロンの中が赤いよ!?」

「せめてオレンジ色って言って頂戴!」


 激高するメロンは実は赤肉メロンだった。


「へ? なら俺らんとこのメロンじゃあない? だって赤肉育ててないし」

「はあ!? 失礼ね! あんたらの畑で生まれたのよあたしは!!」

「え、だが……」

「だがも、くそも、梨もないわ! あたしは突然変異したメロンなの!」

「何故に梨……」「ライバル心だろう」「美味しそう」


 周囲からの囁きにも動じずメロンは自慢げにふんぞり返って胸だかどこだかを張る。転がらないのが奇跡だ。


「あの時、メロスがその国王の暴政の話を聞いて激怒した時に、同じく話を聞いていたあたしも激怒したのよ」


 つまりそれは……。セリヌンティウスが叫ぶ。


「――メロンは激怒した!?」

「ええそうなの。怒り心頭で果肉が赤って言うかオレンジになってしまったのよね」


 信じられない激白だった。

 しかしメロンが立って喋るよりは余程わかりやすい現象だとして、人々は心底納得した。人間だって怒ると赤くなる。国王の酷さは彼らが最も良くわかっているので、その怒りレベルも共感できたのだ。ただ普通は動く化け物メロンとか納得も理解もできないが。


「ちょっとあなた、そこの国王!」

「へっへぁい!?」


 常識を超えたメロンの恐ろしさにすっかり動転してしまっていた国王はビクビクしている。奇しくもそこだけは国王が唯一まともだったようだ。


「あたしの育て主を馬鹿にしないでよ。人を信じる強さは尊いものよ。セリヌンティウスレベルになると正直お人好し過ぎて果汁ぶっしゃあしてやりたくなるけど、誰にでも持てる強さでもないのよ。処刑取り止めなさいね、わかった?」


 国王は「はっはいメロン様なら信じますメロン様なら!」と意味不明の発言を繰り返しこくこくと何度も頷いた。改心……と言うよりも恐怖のあまり錯乱したのかもしれない。


 その時だった。


「おおーーーーい! 無事かセリーヌ・ディオーーーーン!!」


 メロスがようやく駆けてきた。

 無駄に安堵と爽やかな笑みを浮かべている。


「セリヌンティウスだから俺!」

「あー良かったギリギリ間に合ったんだな僕は。友よありがとう信じてくれて! ん? やあ君は赤肉メロンさん! ……ってことは、僕は実は間に合っていなかった?」


 肯定しにくそうなその場の面々。大きなショックを受けるメロスは、顔色がメロン色にまで悪くなった。相当ヤバイ。


「いや、メロスは間に合っていたのだ。わしが密かに時計を早めていたのだ。卑怯な真似をして済まなかった」


 国王の告白にメロスは親友との約束をちゃんと守れたのだと涙する。


「僕を信じていてくれて、本当にどうもありがとう、セリヌンティウス!」

「セリヌンティウスだか――何いいいっ!? お、お前っ、今俺の名前全部間違わないで言えたよな!? 頭大丈夫なのか!?」


 折角の雰囲気をぶち壊したセリヌンティウス。


「おわっ!?」


 しかしメロンが彼にぶっしゃあしてやったので空気が和んだ。


 こうして、メロスは帰還した。


 ほとんど彼の帰路での頑張りにフォーカスされる事なく。


 その後、二人のメロン畑は話題になり注文が引っ切りなしだった。国王はメロン様なら信じると日々赤肉メロンから薫陶を受けている。


 国は平和になったそうだ。おしまい。


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