第45話 竹取(婚約破棄するかもしれない)物語1
※ジャンルとしては恋愛括りですが、一部設定にパロディが入ってもいるので短編集ではなくこっちに入れました。
「婚約? 何それスカッと二つにかち割れるんですの?」
そう言ったのは、竹を割ったような性格……ではあるがそういうことではなく、まさに竹を割って生まれてきた姫――カグヤだ。
彼女はこの国には珍しい黒髪黒目の令嬢である。
彼女の真珠の肌は、総じて色素の薄いこの国の人間にも劣らない白さだ。
そんな彼女はとある伯爵家の養女だった。
それはそうだろう。何しろ竹から生まれたのだ。実子のわけがない。
両親は竹、兄弟姉妹も竹、先祖も竹、家柄ももちろん竹、だ。
そしてカグヤ以外は皆一様に人の言葉は話さない。
当然だ。どう見ても竹なのだ。話したら最早それは竹ではない。お化け竹だ。妖怪だ。
誕生当初、カグヤの不思議は突然変異で人間になった竹と言う方向で片付けられたが、こうなってくると、何の不自由もなく言葉を解し、見た目はどこからどう見ても人間のカグヤが果たして本当に竹の突然変異とは言え人間なのかも怪しい。
妖怪臭いと危険視されたりもした。
しかし、カグヤ、彼女は種の定義がややこしいがとにかく美しかった。
最初は養女ではなく幼女でもいいっ、と変な気を起こした伯爵が妾にしようとしたものの、伯爵夫人にこてんぱんにのされて改心したなんて逸話……いや修羅場もあったくらい何がどうなったのか美しかった。
人の常識を超えた、つまりは人外の美しさだったが故に、「ほら見ろやっぱ人間じゃないって。竹でもなさそうだけど」なんてツッコミが伯爵家の内部から上がるのも極々自然な事だった。伯爵直々の緘口令のためそんな愚言は葬られたが。
因みにお気楽にそう突っ込んだ伯爵家の長男は島流しに遭った。
海の遥か向こうで鬼という生き物と格闘しているとかいないとか。
「お兄様が羨ましいですわ」
カグヤはよくそう島流しに遭った義理の兄を羨んだ。
何しろ鬼と言う存在はこの国のオカルト的な存在の吸血鬼や土付き骨見えゾンビなどよりも余程逞しく、狼男のように筋骨隆々しているらしい。因みに狼男は毛皮が高値で取引されるとして乱獲が進み絶滅危惧種になっているのでほとんど人前に現れる事はない。
「はあ、一度でいいので手合わせをしてみたいですわね。そして鬼の脳天を思い切りかち割りたいですわ……」
物騒極まる台詞を悩ましげに唇に乗せるカグヤは、赤子の折に自らでカカッと竹を真っ二つに割って生まれたという快感を忘れられず、空手の板割りや瓦割りがとてもと~っても好きだった。
好き過ぎて屋敷の屋根に使われている平たいスレート石を一枚一枚割ろうとしたくらいだ。
いや、屋根の上の半分を割った所でやっと気付いた周囲が止めた。
すごくおかしなラップ音がずっとしている……と一時屋敷の住人たちは住まいの幽霊屋敷化に慄いたらしい。
まあ蓋を開けてみれば何の事はない、幽霊ではなく枯れ尾花、もっと具体的に言えば枯れ尾花ではなく突然変異竹人間カグヤだったというオチだ。
ただ、しばらく屋敷はスレート葺きが修復されるまでは雨漏りに悩まされたらしい。
カグヤは雨水の溜まったバケツで暇潰しに音楽を奏でてもいたが、それもひと気のない音楽室からピアノの音がする的な感じで、楽器のない部屋から音楽が聞こえる、と幽霊音楽家出没騒動になりかけた。
そんな迷惑姫カグヤはめでたくこの国の王子と婚約する運びとなった。
要は政略結婚なのだが、養父である伯爵からその旨を告げられての、先の婚約かち割る云々の台詞であった。
王子は幼い頃から読書家で、世間からは温厚な文学青年と言った印象を持たれている。
周辺国との戦乱の時代から最早遠く平穏なこの時代なので、武よりも智に長けた王子は国民から多くの支持を集めていた。
しかしこのカグヤ、婚約したは良いものの、その後舞踏会で婚約者である王子の脳天をかち割ろうとした。
さすがに王子の護衛に止められ事なきを得たが、その結果婚約者という身でしばらく王子と面会禁止を言い渡された。
王子の取り成しで一日で解かれたが。
それとは別に、伯爵からは部屋で大人しくしているように厳しく言われた。
悶々とし、自室のベッドで不貞腐れながら、カグヤは王子とのいつもを思い返した。
『貴女といると、僕はいつも月が綺麗だと思ってしまいます』
『……へえ、そんなにも貴方は月がお好きなのですか』
脳天かち割り未遂に終わったあの日、ダンスホールを抜け出しての二人で並んだ夜空の下のバルコニー。
カグヤが抑揚なく言葉を返せば、王子はさも意外な事を言われたかのようにキョトンとして、微苦笑した。
『ええ。貴女の故郷かもしれないのでしょう? 調査中とは言えそう聞きました。ですから尚更に美しいと思ってしまうようです』
実はカグヤの出生に疑問を持った学者たちが調査を開始していたらしく、カグヤの親兄弟は竹ではないのかもしれないのだ。
まあその点は置いておくにしても、彼の言葉にカグヤは月に負けた気分になって惨めさだけが募った。
月にか王子にか、いや両者に腹立たしく思っていると、ノックの音がした。
様子を見に来た伯爵だった。幸い罪には問われなかったものの、王子への傷害罪になっていたかもしれない行動理由を彼から問われ、カグヤは素直な心情を吐露する。
「だってあの方、私といてもいつも空を見上げて『月が綺麗ですね』ばかり言うのです……! 全然私の方なんて見てなくて、月に恋しているように頬を染めて……ッ」
拳を握り、涙目で訴える。
「先日のあの未遂舞踏会でも、あの脳内花畑男ったら相変わらずぽやぽやとして、あろう事か月が出ていないのに月が綺麗ですねなんて言うのです。もうこちらをおちょくっているとしか思えません! だからもう我慢の限界でつい手が……」
「……ん? んん? もしやそれは……」
伯爵が何かにピンときたように言いかけたが、
「どやあっ!」
カグヤが室内で板割りならぬ枕割りを始めてしまったので、掴み掛けた思考は霧散し何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
はてはてとこめかみを指で叩いていた伯爵だったが、激昂するカグヤの憂さ晴らしはやはり武芸なのか……と、もうここまでくると淑女たる者云々なんて説くのもどうでもよくなり、感心してしばらく見守った。
カグヤが生き生きとしているのが、親としては嬉しいのだ。
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