第44話 裸の王様

 この国の王様はオシャレさんでした。

 とにかく新しい服が大好きで、ファッションにうるさい面はありましたが、その点を除けば人柄も良く国民からは愛されていました。

 ただ、他者からのおだてに乗せられやすく、ちょっとおバカでもありましたが。


 ある日、王様の下に怪しげな二人の仕立て屋がやってきました。

 話を聞くと自称仕立て屋たちはこう言います。


「私どもの作る布は、馬鹿者やその地位に相応しくない者の目には決して見えません」


 王様と一緒に話を聞いていた大臣たちは誰一人としてそんな話は信じませんでした。

 ですが、衛兵を呼び追い返そうとした矢先、


「素晴らしい! トレビアーーーーン!」


 王様が突然叫びました。

 何故「トレビアーン」と叫んだのかは全然誰にもわかりませんでした。

 仕立て屋たちでさえ一瞬理解不能で変な顔をしましたが、すぐに商機と悟って両手をこすり合わせます。


「さすがは王様! お目が高い! あなた様ならきっと私どもの不思議な布の価値をご理解頂けると確信しておりました。いやはや、このような賢君を国王として戴く私ども国民は大変に幸せでございます!」


 この仕立て屋は事前確認した身分証では異国民だったはずだが……と、一部の大臣たちは首を傾げましたが、仕立て屋たちは大臣の言葉一つも挟ませないマシンガントークでぐいぐいと、今日の服装からそして見てもいない下着の柄まで、王様を褒めそやします。

 王様が上機嫌になったのは言うまでもありません。


「よし、そちたちを王室御用達にしよう!」


 即決でした。

 大臣たちは腹の中では「マジで!?」「また引っかかったよあの人!」「この馬鹿王!」などと思っていましたが、王様の前ではもちろん本音など出しません。

 その上、腹の虫も鳴かないくらいに彼らの胃は食べ物で満たされていました。


 朝議の際、会議の際、謁見の際、大臣たちはいつも満腹で王の御前に出席します。


 ――何故なら、この国の民には例外なく「腹の虫が本音を言う」魔法が掛けられているのです。


 昔この国が悪い魔女の怒りを買ってそうなったとも言われていますが、今となってはその真偽も定かではありません。

 ともかく、頭の痛い事に、王様はまんまと馬鹿者には見えない布で作った服を着るようになりました。


 世にも珍しい、裸の王様の誕生です。


 しかも大臣たちは王様の機嫌を損ねては大変と、着てもいない服を称賛します。

 それに何より、正直に「見えません」などと言って大臣の地位に相応しくないと思われたくはなかったのです。

 これは当初は王様にも言えたことで、自分の服が見えないなどど言えば、大臣たちから国王に相応しくない馬鹿者だと罵られ、国王の座を降ろされる不安もあったために見えなくても見えるふりをしていました。

 羞恥心はもちろんありましたが、大臣たちからはきっと自分の服が見えているのだと信じて、そのうち羞恥心は薄れていきました。

 なので、大胆なこともできたのです。


「皆の者、余のオシャレ服の国民へのお披露目も兼ねて、大々的にパレードを開きたく思うが、どうか?」


 大臣たちは全員が全員、愕然としました。

 しかし、そこは老獪ろうかいなる古狸たちの集まり。


「それは宜しいですね!」

「それはさぞおめでたき日となりましょう!」

「お、お主それでは皮肉…」

「シッ! 黙れ!」

「ゴホゴホッ、それがしも王様の素晴らしい発案に大いに賛同致します!」


 まあ、腹の中はどうあれ、満場一致で「ハハーッ! 御意!」と平伏しました。


 そうしてついにやってきた暗黒の……いえ晴れやかなパレードの日。

 天井のない馬車に乗る裸の王様が、大通りの両脇に詰めかけた群衆たちに、にこやかに手を振りながら、実に堂々と最高のオシャレ服を披露します。

 国民たちは事前に御触れがあったので、王様の現状を理解しています。

 なので誰一人、服を着ていないなどとは言いませんでした。


 沢山の絶賛の嵐に見舞われ、パレードは何事もなく終わるはずでした。


 しかし、満腹で集った国民誰の腹の虫が本音を鳴かずとも、予期せぬアクシデントが起こります。


「ねえお母さんお母さん」

「なあに?」

「王様の服はすごいんでしょう?」

「え、ええそうよ! どこの誰にも真似できないすごいデザインの服を着ているのよ!」

「へえ、さすが王様はすごいんだね!」


 不敬な言葉を吐いたと兵士に連行されはしないかと冷や冷やしつつ何とか取り繕った母親でしたが、ホッとしたのも束の間。

 まだ世の中の荒波に揉まれていないその小さな女の子が、その澄んだ純真な瞳をいぶかし気にして言いました。


「――でも、今は何も着てないよ?」


 王様を歓呼していたその場の皆が凍り付いたのは言うまでもありません。

 シーンと一時、大通りは静まり返りました。

 祝福の紙吹雪も花吹雪も、瞬時に極寒のブリザードと化しました。

 誰もが女の子の命はないと青くもなりました。

 蒼白になった女の子の母親はキョトンとする娘を護るようにぎゅっと抱き締めます。


 母子の前で馬車を止めさせた王様は、ギョロリと大きく目を見開いて女の子とその母親を凝視しています。


 ホラーな濃度の凝視です。


 これにはお付きの大臣たちも何も言葉を掛けられません。

 誰も彼も、女の子を助けられないと、そんな悲劇的な空気が漂っています。

 不敬罪により、果たしてどのような罰が下されるのかと、誰もが王様の言葉を固唾を呑んで待っていました。


 王様はきっと怒りでそうなのでしょう真っ赤な顔をしてゆっくりと、精神的衝撃の余り乾いてひび割れた唇を開きます。


「余は……」


 その時、王様のお腹からも声がしました。



「余は知ってた~」



 誰の耳の奥でもその神の啓示の如き腹の声はこだましました。


 国民たちの表情は、極度に緊迫したものから、みるみるうちに唖然としたものへと変化していきます。

 わかりにくいかもしれませんが、まるで花の開花を早回しで観た時のような変化速度でした。


 次第に王様の腹の声を脳みそが理解した国民たちは、何とも居た堪れない気持ちで自国の王を注視しました。


 この国の誰も、たとえ王様でも、自らの腹の声を偽ることなどできません。


 腹の虫の声はその人の本音なのです。


 王様は公務に忙しく実はちょっと空腹でしたが、パレードまで悠長に食事をしている時間がなく、けれどどうせお披露目のパレードは腹の音など聞こえないほどに賑やかだろうと、高をくくっていたのです。

 しかし、油断は大敵でした。


 ――知っててやっていた。


 王様の嗜好は国民に広く知られることとなってしまったのです。


 因みに王様が真っ赤だったのは怒りのためではなく、図星を指された恥ずかしさのためでした。

 王様は寝ても覚めても服を着ていなくても、本当に優しい王様なのです。


 ですから、女の子は罪になど問われませんでした。


 そしてその日以来、めでたきことに王様は以前のようにきちんと服を着るようになりました。やっぱり誰もが一目置くようなオシャレな服を。

 けれど王様は、数多のブランド服に混じって、どこのブランドでもない服を時々着ています。

 それは詐欺師だったあの二人組の代わりに新たに王家御用達となった仕立て屋の服で、何とその店は女の子の実家でした。

 腕のいい仕立て屋の両親が営むその店は、価格も良心的で、ここ城下町では親しまれていました。

 王様の目を覚ましてくれた女の子の功績を買ったという部分もありましたが、大臣たちからは反対意見の一つも出ませんでした。それは彼らが空腹だったとしても同じ結果になったでしょう。


 今日も王様は女の子の店の服を嬉しそうに着ています。


 しかもそれは女の子が王様と一緒にデザインした二人だけの服でもありました。

 

 余談ですが、この国では例のパレード以来、以前にも増して子供も大人も空腹を避けるようになった結果、皆が皆ふくよかな体になりました。

 後世、食通の国としてよく挙げられるようにもなります。

 あとメタボ国家としても。


 そしてもう一つ、この国では「露出狂」や「変態」という言葉は、国民の方が気を遣って禁句にしたそうです。

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