第58話 歯ブラシと割り箸

 歯ブラシを2本持ってレジに並ぶ不破さん。

(予備も今後は必要だ)

 まさか自分の歯ブラシでブラジャーを磨かれるとは、だれが想像できるだろう、いや誰にもできない。

 そんな斜め上の現実が、僕の目の前では起きるのだ。

 そう…想像の斜め上いく日常、いやもともとズレているのだから…外法を駆使して金を稼いでいるのだ、自分の日常なんて、普通のわけがない。

「……さん!!…お客さん!!」

「えっ?」

「会計!!354円、後ろ並んでるの見えないの?」

「すいません…」


(-.-)

「戻りました」

「おっ、零はん…今、お湯入れたとこや蕎麦食わへん?」

「タヌキですか、キツネ派なんですがキツネあります?」

「あるで、うどん派かいな」

 イプシロン(仮)がホイッとお湯を注ぐ。

綺璃子キリコさんは?」

「裏でペラいブラジャー乾かしてるで」

「そうですか」

 裏に回った不破さんが目にした光景

綺璃子キリコさん、一緒に食べませんか?…何を?」

「あっ、お帰りなさい」

 両手を広げて青い薄っぺらいブラジャー広げ、太陽に高々とかざす背の高い女。

 ある意味、神々しさすら感じる姿。

「カップ麺、買い置き切れそうですよ不破さん」

「あぁ…買っておきます」

「はい、アタシ、塩派です断然」

「そうでしたね…僕は、うどんが好きです」

「ワシは蕎麦やね、絶対やね」

 いつの間にかイプシロン(仮)が後ろで蕎麦をすすっている。

「ところで不破はん…コショウが無いんやけど」

「コショウ切れてますか?」

「うん…アカンで、蕎麦にコショウはワシのマイブームやさかい」

「気持ちの悪いブームね」

「和洋折衷いうヤツや、時代の先駆者は理解されんもんなんや」

「誰も追従しないわよ…時代の先駆者が、うっかり長生きした猫じゃ…」

「確かに…和洋折衷ですね蕎麦にコショウ」

「そうでも無いやん、ラーメンかて醤油にコショウやん」

「うん…そうね、そこは間違いなくそうね、ところで、和洋折衷って最近までアタシ、和食・洋食・中華だと思ってたのよ」

「違うんかい?」

「中じゃなくて衷の字なのよね」

「そうなん?」

「そうですね…和食と洋食を合わせたって意味ですよね確か」

 うどんを食べながら不破さんが答える。

「そうなんや、せやからワシの蕎麦の食い方は和洋折衷やけど、ラーメンは和洋折衷やないちゅうことか?」

「ラーメンって、ほぼ日本食よアレ」

「ほななんで、中華麺ちゅうねん」

「さぁ~、アンタ早く食べてくんない、手が疲れるのよ、交代して」

「なんでワシがオマエのブラ乾かさなアカンねん」

「ずっと、こうしてるのよ、お腹空いたのよ、代わってよ」

「すぐ乾くやん、他人よりペラいんやさかい、乾燥時間くらい早くないと不公平っちゅうもんや」

「ペラい言うな!!」

 そのペラいブラでイプシロン(仮)の顔をビターンと叩く綺璃子キリコ

「なにすんねん!! 箸がどっかいったやないけ!!」

「ソッチに飛んでいきましたよ…」

 不破さんが指さした先で割り箸がコンクリートの上で突き刺さったかのようにピーンと立っている。

「また…面妖な…」

 不破さんがボソッと呟く。

「器用に立ったもんやの~、あるんやねこういうこと、動画をSNSで挙げたらイイネいっぱい貰えるでコレ」

「TVとかで取り上げられたらお金貰えるのかしら?」

「貰えるんちゃう、使用料的なソレが」

「やっぱり奇跡の瞬間ってなかなかね~撮れないわよね~」

「アレやん、ラファさんに24時間カメラ回してもろたらええんとちゃう?」

「名案ね、今度頼んでみましょう」


 それより、ラファエル召喚の瞬間を撮ったほうが…言いかけて首を横に振った不破さん。

 そう…もうなにが日常で、なにが非日常か解らなくなってきている。

 ボーッとイプシロン(仮)と綺璃子キリコのやりとりを、カップうどん片手に眺めていた不破さんの脇を、タタタッと綺璃子キリコが走り抜けて行った。

 すぐに戻ってきた綺璃子キリコの手には塩ラーメンではなく、スマホが握られている。

「ラファさ~ん」

 スマホの背面を天にかざしフルフルしている綺璃子キリコ

 雲の切れ間から金色の光が庭に差し込まれ、フワリと天使が舞い降りた。

 そう癒しの天使『ラファエル』である。

「ヒトの子よ…どうされました?」

「ラファさん、コレ持って」

「使い方は知っとる?ムービー撮れる?」

「ムービー…とは?」

「そこからかい…これは時間が必要やぞ綺璃子キリコ

「すぐ覚えられるわよ、ねっラファさん、でも1度しか言いませんからね、しっかり聞くことですよ」

「承知しました」


 うどんが弾け飛びそうな光景に涙で前が見えない不破さんである。


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