妖貸し《あやかし》

桜雪

えっ?風俗じゃないの?

第1話 文字は何色?

「申し訳ないけど…ウチでは雇えないね…」

「そうですか…お時間取らせて、すいませんでした」


 大きなため息なんて、もう吐き果した。

 今月で、アルバイト何件目なんだ…断られるの…。

 何が悪いっていうの。


 もうすぐ三十路になろうというのに…アルバイトすらままならない日々…。

 バチがあたったのだろうか…思い当たる節はある。


 暇に任せて、アパートの近所に住んでいる小学生の男の子に混ざって、カブトムシを捕りに行った。

 無駄に背の高い私、網を伸ばすがちょっと届かない高さに、立派なクワガタが…。

 木の根元に手ごろというか、適当な石が転がっていたので、踏み台にしようと足を掛けたのだが…ゴロンと石が傾き転んで、石と一緒に土手を転がり落ちた。


 肘を擦りながら起き上がると、石が割れていたわけで~。

 石だと思っていたものが、古いお地蔵様だったと気付いたのが足で押しながら、道の隅に転がした後…割れた丸い部分がお地蔵様の生首だったと…持ち上げたときに目が合って…ハッと気づいた。

 とりあえず、悪い事をしたような気になって…道の隅に胴体を起こして、コンビニで買った、瞬間接着剤ゼリー状を1本使い切り、首を乗せておいたが、くっついたかどうかは疑問が残る。

 微妙に、小首を傾げた様になったことは、気にしないことにした。


 思えば、その後、会社が倒産して…再就職どころか、アルバイトすら決まらないまま、早や2ヶ月。

 落ちた会社は今日で8社である。


 貯金は、ほぼ無い。

 コンビニが高級店だと感じる今日この頃。

 パンの耳が主食と変わって1週間である。


 トボトボ歩く…電車なんて乗れないわ…歩くの…2駅くらいなら。

 こんなシャッター商店街を歩く日が自分に訪れようとは…オフィス街を颯爽と歩いていた頃が懐かしい。

 ふと目に止まった『スタッフ募集』の文字、最近この『募集』の2文字が、やたらとハッキリ視えるのは老眼ではないと信じたい。


 迷わなかった…内容も見ずに飛び込んだ。

「すいませ~ん、表の張り紙の件で、ちょっと…」

「ん…見たの?」

「えっ?」

「いや…久しぶりだったからね」

「はぁ…」

 店…店内を見回すと、レンタルDVDを個人経営しているようだ。

 今時、珍しいというか…ヒマそうだというか…明日にでも潰れそうだ。

 レジで頬杖付いたまま、微動だにせず話しかけてくる若い男。

 容姿は中の上。

「何色に視えた?」

「えっ?」

「字の色」

「えっ…」

 慌てて、外に出て張り紙を見直す。

 面接は始まっているのか?

 店内に向かって、顔だけ出して

「紫に近い…青」

「ほぉ~、なかなかだね…伊達にりつかれてないね~」

「はっ?」

「いいよ…日当1万円で働いてみるかい?」

「1万円?」

「あぁ…1万円」

「やります!! 仕事内容は?」

 1万円ユキチの魅力に負けた…千円ソーセキの10倍の破壊力なのだ。

 久しく逢ってない…遠距離恋愛の恋人『ユキチ』…いつもアタシの片思い…。

「仕事の内容は…人材派遣かな?」

「人材派遣…デリバリーなんとかみたいな…」

 少し、考えた…風俗なんじゃないの?1日っていうか…1本いくら?みたいな…。

 そうよね…そんな美味しい話無いよね…うん。

「アタシ…やります」

「そう…じゃあ、明日から来て、丁度、仕事あるし。履歴書置いてってね~、あっ明日10時ね、よろしく」

 アタシは、さっき返された、履歴書をそのまま置いてきた。


 明日から風俗デビューか…。




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