えっ?結婚するの?

第9話 袖擦り合うも

「まぁ…そういうこっちゃ綺璃子キリコ

 野太い声が響く。

 シートベルトをカチャッと外して車を降りた綺璃子キリコ

 すっかり歩きやすく整地された地面を歩き、金色のイプシロンに近寄る。

 大きい…4いや5mくらいはあるのだろうか…金色の長い毛は月明かりに照らされ美しくなびき、真っ赤な目は威圧感を携え綺璃子キリコを見下ろしている。

 神々しくさえある威厳に満ちた姿。

 これが、あの…アレだったとは…。

「イプシロン…」

 思わず呟いた。

 その姿は名に恥じぬ大妖怪。

 綺璃子キリコは、右手で草を引っこ抜き、イプシロンの鼻先でハタハタと動かしてみる。

 本能には逆らえないのか、前足がヒクヒクと動きだし、真っ赤な目がクリッと丸くなる。

 シパッと前足で叩いたかと思ったら、ゴロンとひっくり返って、4本の足をばたつかせて、じゃれ始めた。

(やっぱり…でかくても猫なんだ…TVで見たトラもそうだった)


「さて…帰りましょうか綺璃子キリコさん」

「コレ…どうするんですか?」

「小さくなれるんじゃないでしょうかね~たぶん…」

「なれるで、大きくなるんわ妖気を使うけどな、小さくなる分には要らんのや」

「そうなんですか…あ~それでか…うん、綺璃子キリコさん、コレ読めますか?」

 不破ふわさんは、ジャケットのポケットから紙切れを出して、綺璃子キリコに渡した。

「ん…ん~んん…薄いな~インクが…」

 綺璃子キリコには、滲んだように曲がった線にしか見えない、文字だと認識すら出来ないのに、とても読むなんて出来そうになかった。

「やっぱり、イプシロン、小さくなってくれますか?」

「ええで…早よぅ帰ってホテイさんビール飲むんや」

 シュッと宙に舞って、夜空を駆けるように不規則に飛び跳ね、綺璃子キリコの肩にチョンと乗る頃には小さいトラ猫に戻っていた。

「うん…じゃあ、もう一度、さっきの紙を読んでみて」

「えっ?」

 綺璃子キリコが紙を開くと、『スタッフ募集』の赤い文字がハッキリと視える。

「あれ?読める…」

「やっぱり…」

「そらそやろ、ワシが小っさくなっとるときは、綺璃子キリコに妖気を渡してんねんから、そうでもなければ、こんなひょろ長いだけの女に殴られても痛くもなんともないわ」

「なるほど…今なら殴れるわけか」

「なんでやねん、意味なく殴られなアカンねん」

「つまり…憑代が必要というわけか…うん…そういうことか…」

 不破さんは、ブツブツと、ひとりごとを言いながら、車へ戻った。

「早よ帰ろ、つまみ買って、ホテイさんビール買ってな、なっ」

「あ~わかったわよ! うるさいわね」


 。―――。

「今日は、頑張ったのー、ワシ大活躍だったのー」

「ただ働きでしたけどね…まぁ、放っておくわけにもいきませんしね」

「ん?そうよ! もともとアンタのせいじゃないのよ!」

「それはちゃうぞ綺璃子キリコ! オマエがお地蔵さんの首チョンバしたからやないか! オマエ発信やろ! えぇ歳してパンツ丸出しでカブトムシ捕まえようとしたオマエのせいなんちゃいますの?」

「カブトムシじゃないわよ! クワガタよ! パンツだって丸出しにしてないわよバカ猫!!」

「黒いパンツ見えてたわ、アホ~」

「近所の子供に頼まれたのよ、背が届かないからって…」

「行くか?ヒマやからって、小学生に混じって三十路が虫捕りて…オマエ、男やったら通報されんぞ、現代をナメんなよ!!」

「年齢不詳の妖怪が現代を語るな!! 還れ、なんか大霊界的な超神秘の怪しげな世界に還れ!!」

「オマエ…ワシが還ったら、どえらい目に合うんが解らんらしいのーおう?」

「平和な日常が訪れるわ!! 無職ながらも…」

「せやで、ワシがおるからこそのホテイさんビールやろがい!」


「ことは、そう単純じゃないんですよ綺璃子キリコさん」

 真顔で綺璃子キリコを見る不破ふわさんであった。

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