人と暮らすということは、美しいものを一つずつ捨てて行くことだった

「圭子ちゃん、食器はこの棚に入れちゃうよ」

「うん、了解。下の棚はゴミ袋スペースね」

 婚約から一ヶ月後、同棲するアパートが決まり、一足先に光太郎が引越しをすることになった。2DKとは名ばかりのこじんまりした部屋で、二つあるうちの広い方にダブルベッドと幸太郎の机を置き、三畳半の狭い方は圭子が使う予定だった。家電や食器は、ひとまず彼が使用していたものをそのまま持ってきた。

 ダンボールの梱包を解き、荷物を一つずつ部屋に収めていくを手伝いながら、圭子は、ああこれが人と暮らすということか、と実感した。旧型の電子レンジ、白い冷蔵庫、錆びた三角コーナー。どれも、自分の部屋にはないものだった。

 例えば、洗剤を置くところ。光太郎は、金属製のラックをマグネットで洗濯機に取り付け、緑の箱洗剤を置いた。棚から洗剤を取り出す手間がないからだ。合理的な選択だ。

(でも、美しくないものは見えないところに隠したい)

 自覚しているが、圭子は極端なまでに便利さより美しさを取る。一人暮らしをしていた家は洗濯機が置けないほど狭い物件だったが、フルリノベーションしたばかりで、ドアノブ一つとっても凝った作りだった。友人たちからは、生活感がないと評価を受ける。それは、料理をしないとか、物がないとか、そういうことではなくて、美しいと思えるものだけを一つずつ収集していった結果だ。家具はアンティーク調で揃え、壁紙を自分で張り替え、照明を変えた。美しくないものは、すべて棚や木箱に収納し、必要なとき以外は取り出さない。大量のドライフラワーや子供が入れるくらいの大きな鳥かご、古い映画のポスター。オルゴールにキャンドル、トルソー。


 潤は「あの部屋があったから、圭子に惹かれた」と言った。光太郎は、「お店が開けるくらい物が多いね」と笑った。

 洗濯機に取り付けられたラックから洗剤を取り出すのと、洗面台下の棚から取り出すのと、その差がたとえば5秒あるとして。その五秒を費すことを選べないのが、人と住むということなのだ。

 美しさは便利さに乗っ取られていく。

 閑静な住宅街にあるリビングからは、日の光が柔らかく差し込む。向かいの小学校からは、野球の練習をする声が聞こえる。結婚という安心は生活感に溢れ、洗練さと逆の位置にあった。日常に迎合し、平穏を手にする。

(でも本当に、それを求めているんだろうか)

 同棲どころではなく、結婚の準備を進めているときに自分は何を考えているのだろう。今更、後には引き返せない。

 だけどこのまま進んでいいんだっけ?

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