エンゲージリングは鎖
婚約指輪を買わないカップルは、最近多いらしい。去年立て続けに結婚した高校の同級生、美穂と加奈子もそのタイプだった。 美穂は付き合い始めた当初に高価なリングを貰っていたし、加奈子は不倫の末の略奪婚だったから、婚約指輪を買うタイミングが無かった。その話を聞いたときは、確かにあまり出番のないダイヤの指輪よりは海外旅行のグレードを上げたいなと思った。
(でも、今の私には絶対に必要)
薬指に指輪をしていれば、誘惑への障壁になってくれる。ひとときの娯楽のために生活を失うのは愚かしい。自分を縛る指輪が必要だった。だから光太郎と復縁してすぐに、婚約指輪をねだった。よりを戻すイコール、結婚するという双方の合意があったから快諾してくれた。
セミオーダーの指輪を予約した次の週には、光太郎の実家に挨拶に行った。5月になったら圭子の両親と食事をする予定だ。そして、指輪をプレゼントしてもらい、正式に婚約をすることになる。結婚式はそのあと考える予定だ。早く進めてしまわないと、圭子は自分自身が逃げ出してしまう気がした。
(潤と会うのは、婚約指輪が来るまで)
唯一切れていないセフレに関しては、自分にそう言い聞かせている。
会社の休憩スペースにある自販機に行くと、かおりがコーヒーを買っていた。財布を持つ指には婚約指輪が輝いていた。
「お疲れ。婚約指輪、綺麗だね」
声を掛けると、かおりが振り向く。
「あ、これね。会社に付けてくるのには少しダイヤが大きくて派手すぎるんだけど、形が気に入ってるんだよね」
指輪をしてると結婚式が楽しみだなって思うの、と笑った。
「圭子には感謝してるよ。あの合コンのおかげだもん」
山下と圭子は、その合コンの後一回だけセックスをしている。そのことをもちろんかおりは知らない。
「仕事辞めるんだって?なんで?」
「うーん、すぐ子供作る予定だからかなあ。彼の方が圧倒的に給料がいいから下手に家事育児を分担するより、私が仕事辞めて専念した方が費用対効果が高いと思うんだよね」
「まあ、山下くんかなり稼いでる分、残業多そうだしね」
かおりの言い回しには、自分は理由もなしに専業主婦を選んだ馬鹿な人間ではないという主張が含まれていた。メリットデメリットをきちんと計算した上で、このご時世で専業主婦を選んだのだと。確かに、かおりは通訳の資格も持っていると聞いたことがあるから、子育て後の仕事復帰も視野に入れているライフプランなのだろう。頷いたものの、圭子は結婚しても出産しても仕事を辞める気はない。光太郎は圭子の6つ上だから収入の差はあるが、彼の年齢になれば今の光太郎の給料よりも稼ぐ自信がある。
(それに、たとえ自分が夫より給与が低くても)
効率的に稼げているのは俺なんだから、お前は辞めて主婦業をしてくれという男は嫌だ。仕事は自己実現の一種でもある。絶対にやめない。
(プライドを持ってやっている仕事なんだし)
専業主婦はどこで自己肯定感を得るのだろうか。社会に認められたい、という欲望は無いのだろうか。
(私は仕事も家庭も全部欲しい)
やっぱり、スタンプラリーを埋めなくては気が済まない。
「圭子はもし結婚しても仕事辞めなさそう。あ、そういえば、元彼とヨリ戻したんだって?」
先週、同期の吉野と飲んだときに話したことが、かおりに伝わったのだろう。失恋したばかりの吉野相手にはなんとなく婚約したことを言い出せず、復縁したことだけを話した。
「まあね。また今度話聞いてよ」
深入りされたくなくて、会話を打ち切った。
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