結婚相手の条件は、議論の仕方が同じこと

結婚相手の条件を挙げろという質問をされたら、圭子は『議論の仕方が同じこと』と答える。世の中には一〇〇パーセント同じ価値観の人などいないし、衝突が一度もないカップルなんてありえない。夫婦は共同体だから、多くの問題を解決しなければいけない。『口論』は、丁寧に紐解けば『議論』になる。同じルールに則った議論は、お互い納得のいくひとつの結論を導くことができる。理想の家族のあり方だった。光太郎とは、議論はするが喧嘩をしたことはない。だから結婚相手にふさわしいと思った。

 一方、恋人を選ぶ基準は単純明快で、顔とセックスとステイタスだ。結婚相手と恋人はその目的が違うから、当然選択基準は異なる。

(なのにどうして、恋人と夫は両立しないんだろう)


 「ね、こうやってハグしても、俺たち違和感なくなってきたと思わない?」

 話が途切れ、潤の腕が圭子の肩を抱く。シャンパンで濡れた潤の唇が首筋に触れた瞬間、一気に体に火が灯る。唇は首筋から、ノースリーブワンピースの鎖骨に移動した。

 結婚は生活で、恋愛は娯楽だ。

 (私は、いつこの娯楽を捨てられるのか)

 −そもそも、なんで結婚しようと思ったのか。酔った頭ではよく考えられない。悪い方に思考が傾いていることを自覚し、圭子は目を閉じて皮膚を這う熱い唇に意識を戻した。

 その夜の夢は、喫煙室での嫌な出来事そのままだった。隣の部署の部長とその部下の会話だ。 

 「営業二課の峰崎部長、今度役員になるみたいですよ」

 「噂には聞いてたけど、やっぱりか」

 峰崎部長というのは、圭子の直属の上司だった。

 「しかしあの人、結婚もしないで仕事ばっかりして楽しいんですかね」

 横目でちらりと見ると、煙草をふかす二人の左薬指には指輪がはまっていた。

 「どうだろうな、まあちょっと可哀想だけどな」

 その声は茶化すでも嘲るでもなく、単純に哀れんでいた。嫌な気持ちになったのは、差別的な男性社員の言葉にではない。自分に対してだった。圭子は峰崎部長に対して「こうはなりたくない」と思っていた。結婚もせず子供もおらず、仕事だけで成功したって意味がない。例えば男性の役員が未婚でも、「独身貴族でいいですね」という感想しか持たない。

 (そうだ、私は同情されたくないから結婚したか)

 夢の中の圭子は、腑に落ちていた。スタンプラリーをコンプリートしたい。仕事も趣味も結婚も子供も、全部の欄にスタンプが押されなければ満たされない。

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