香水の付け方を男はいつ覚えるのか

週末はまた潤と飲み、彼の家でセックスをして終電で帰宅した。

同棲しているにも関わらず、自分の優柔不断さに呆れる。


圭子が飲み歩いているのはいつものことだから、光太郎は何も言わない。

ただ「おかえり」と言って、寝る準備をしに洗面台に向かう。


珍しくウイスキーを飲んだ圭子は、久しぶりに泥酔していた。マンションのエレベーターで気持ち悪くなり、コンビニで水を買って飲み干した。

コンタクトだけどうにか外し、ベッドに倒れ込む。


「圭子、化粧落とさなくていいの」

洗面台から光太郎が呼びかけるが、もう体を起こすのが億劫だった。


「んー、30分くらい寝かせて。勝手に起きて化粧落とすから」


まどろみに身を任せてしまいたい。

相変わらずダブルベットでの眠りは浅く、睡眠不足だった。5センチの距離は保たれているが、他人の寝返りや寝息にはいつまで経っても慣れない。


最近、寝る度に光太郎は「幸せだ」「好きだよ」と言うようになった。

氷が溶けていくのを止めようと、溢れた水をひたすら掬っているようだった。言葉にすることで、形のないものを形にしようとしていた。


もう決めてしまった結論を胸に潜める身としては、その言葉がひどく痛々しく聞こえた。


「圭子…」


うたた寝をしていたようだった。

自分の名を呼ぶ声に目を開くと、自分をまたぐ光太郎と目が合う。既に部屋の電気は消えていた。

キスを避けて横を向くと、無防備になった首筋にキスを落とされた。酔っているからなのか、いつもの嫌悪感はなかった。


ここ最近触れることも許してこなかった。光太郎は、抵抗しない圭子を見て安心したのか、ゆったりとした動作で圭子の胸元にも唇を落とした。


潤に抱かれた余韻が燻っていた体は、すぐに熱を持った。


「久しぶりだから、俺もうダメだよ」


光太郎が体の中に入ってきて、前後運動を始める。

こんな短時間に違う男に抱かれたのは初めてかもしれない。


顔を見られなかった。

他の男に抱かれることへの罪悪感はとうの昔に捨てたが、一緒に暮らす「幸せ」を与えてから奪うことへの申し訳なさはある。


「圭子、今日いい匂いがする」


−男は誰に香水の付け方を教わるのだろうか。

潤の部屋の洗面台には、香水の瓶がある。付けてるの?と聞いたら、いつも使ってるよと言われた。首筋に顔を寄せて意識的に嗅いでみると、ジントニックを思わせる香りがした。


「シャンプー変えたからじゃない?いい匂い?」


自分が発する匂いが、潤からの移香なのか、純粋にシャンプーのせいなのかはわからない。


「うん。お酒と混ざってるからなのかな、余計興奮する」


光太郎は香水をつけない。

干した布団で抱きしめられる時は日向の匂いがし、飲み会から帰ってきた時は他人が吸ったタバコの匂いがする。


行為が終わるとすぐに、圭子は体を起こして脱衣所へ向かった。終わった後にハグやキスをしないのは、前に付き合っていた時からだ。他の男とのセックスでは、いわゆるピロートークが幸福感を与えてくれたが、光太郎との場合はどうしても馴染めない。

すぐにシャワーのコックをひねる。まだ温まりきっていない生ぬるい水が体を洗い流した。酔いが一気に冷める。


セックスができた。キスは拒んだが、抱かれることができた。


(また揺れている)


結局のところ怖いのだ。


結婚はしたくないけど、結婚するなら彼がベストかもしれない。

ベストではないかもしれないけど、一番マシかもしれない。

マシではないかもしれないが、今後は他に誰も見つからないかもしれない。


(とりあえず、お酒が抜けてから考えよう)


布団に潜り込むと、光太郎がキスをしようとしてきたから、唇を重ねることだけ許した。舌を潜り込ませようとしてきたのを拒んで口を強く結ぶ。顔を背けてこっそりと唇をぬぐった。

唾液はやはり嫌だった。ベタベタする。


避妊具を通して感じる熱が体に押し込まれるのが大丈夫だったのは、単に発散しきれなかった性欲のせいなのか。

単に酒に酔っていたからなのか、触られるのが嫌だったのは一時的なものに過ぎなかったのか。


好きでなくても男に抱かれることができるようになった身体では、何も正常に測れない。

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