適切な距離感は、友人としてのものだ
キスは、相変わらずできない。
わかったことはそれだけだ。
先週末に圭子を抱いたからか、一時期執拗だった光太郎からのボディタッチは減った。
穏やかな日常が過ぎていく。
おかえり、
ただいま、
今日はどうだった、
忙しかった、
明日は朝早いんだよね、
なんだか眠くなってきた、
お互い議論好きだから、話題のニュースについて意見を交わすこともあれば、
それぞれイヤホンを付けて、自分のPCで好きなことをしていることもある。
距離感は適切だ。
光太郎はこの生活を維持するために、ありがとうとこまめに言い、決めたルールをきちんと守り、不用意に圭子の部屋に入らない。
仲の良い夫婦はパーソナルゾーンの持ち方が上手いと聞いたことがある。
しかしその距離は圭子にとって、夫婦や恋人ではなくて、友人とのものだ。
ベッドの上でスマホをいじる光太郎を横目でちらりと見て、やっぱり恋愛感情は湧かなかった。
(”結婚相手に向いている”というのは客観的に判断したときの単なる事実にすぎない)
圭子の間違いは、結局そこに集約される気がした。恋愛と結婚を切り離し過ぎた分、結婚が友情に寄った。
(人間としては好きだけど、男性としては好きじゃない)
そんな陳腐な言葉に言い換えられてしまうが、この一言に尽きるのかもしれない。
本当のところ、結婚への課題はここ数週間で改善してしまった部分があった。
引越し直後に感じた、美しくないものへの拒否感は、自室のみをパーソナルスペースと認識することで克服した。リビングは「共有部」だ。
ヒステリーはなぜか収まっていた。一緒にいる時間が増えたことで、彼の言動に耐性ができたのかもしれない。
アルコールが入っていたから参考になるのかわからないが、セックスもできた。
これでいったい何が問題なのだと人は言うだろう。
(人間として好きな人を、傷つけてしまうバカ女)
「圭子ちゃん、俺、今週末の金曜日から出張。ついでに実家寄って、今後の話もしてくる」
シャツにアイロンをかける姿に、愛おしさは感じない。でも今は、嫌悪感があるわけではない。
「あ…うん、わかった」
少し間を置いて、圭子は口を開いた。
「ねえ、じゃあ明後日、木曜日、一緒に夕ご飯食べよう。6月末じゃなくて、早めに話したいかも」
「いいよ、その方が僕も助かる。じゃあその日にいろいろ詰めようか」
両家顔合わせ、
結婚式の日取り、
新婚旅行。
婚約破棄、
指輪代を含む慰謝料、
ご両親へのお詫び。
二人が考えている”話したいこと”はきっと落差がありすぎる。
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