いつか孤独に胸が締め付けられるだろう

光太郎が帰国するのは月曜日の昼の予定だった。

日曜の昼過ぎまで潤と過ごし、スーパーに寄って帰宅した。


引越してから初めて、圭子は自宅で一人で過ごした。

二人用の部屋は、一人だととても広く感じることに初めて気づく。

冷房の効きがいつになく強いのは、人の温度が少ないからだろう。


冷蔵庫を開けて、白菜と豚肉を取り出す。さきほど買ったしらたきを加え、ポン酢と醤油で煮るつもりだ。

料理は好きで、一人暮らしの頃から自炊してきたが、光太郎のために食事を作ったのは圭子が学生のときのクリスマスまで遡る。

光太郎との付き合いは長かったが、学生時代も塾のバイト帰りに泊まることが多く、食事を一緒に摂ることすらあまり無かったことを思い出す。


結局、圭子は光太郎を都合のいいように扱っていただけだったのかもしれない。彼の家は大学とバイト先から近く、合鍵も貰っていた。だから圭子は、大学在学中は半同棲のように彼の家に入り浸った。


自分が会いたいと言えばいつでも会える人。ひどく酔っ払って泊まりに行っても、優しく迎え入れてくれる場所。

愛されることに慣れていた。


1/2カットの白菜は鍋いっぱいになったが、火が通ってしんなりすると半分に量が減った。ごま油で香りづけをして豚肉を加える。

火が通ったことを確認してお皿に移し、テーブルに並べた。


二脚の椅子は、たいていいつもどちらかが空席だ。

ほとんどの場合、圭子が飲み会や接待でいない。


(光太郎は先週、ここに座って何を考えていたのだろう)


潤とシャンパンを飲んでいた夜、この家で、ひとりで。


しんとした空気の中で、自分の咀嚼音だけが聞こえる。この部屋がこんなに静かだなんて、知らなかった。


ここのところずっと、別れを切り出すことばかり考えていた。この間母親と会ったときは、せめて3ヶ月は同棲を続けようと決めたはずだった。しかし頭の中は、別れる際に何をどう伝えるべきか、ばかりで埋まっている。


光太郎のことを好きじゃなくなったのか。もともと恋愛感情はなかったのか。なのになぜ結婚しようと思ったのか。その気持ちはどこへ消えてしまったのか。


そして。

(光太郎との結婚を止めれば、いつか後悔するだろう)


それこそタラレバ娘のように。


今日みたいに一人でキッチンに向かって料理をしているとき。

ふとその静けさに気づいて、叫びたくなるほどの孤独を感じることがあるのだろう。キッチンでうずくまって、密かに泣くのだろう。


誰もいない椅子に、光太郎を思い浮かべる。

善人で、課題解決能力が高く、広い知識を持ち、精神的に安定している男。

盲目的に愛した女に振られた後も想い続けて、やっと戻って来たと思っている。今度こそ幸せにしようと努力している。


なのに。

まためちゃくちゃにしようとしている。

光太郎は何も悪くないのに。ただ圭子を愛して、愛を注ごうとしているだけなのに。


録画していたドラマを見ようと、テレビをつける。

『あなたのことはそれほど』は圭子が今期唯一見ているドラマだ。

自分勝手にときめいて浮かれて、既婚者のくせに自覚がなく簡単に不倫する。夫を「いい人」だが「ときめかない」と評価する主人公。


(まるで結婚後の自分を見ているよう)


自分はまだマシだ。結婚はしていないし潤が運命の人だとも不倫したいとも欠片も思わない。

まだ引き返せる。


(何を?)


何を引き返すのだろうか。

結婚を?結婚を壊そうとすることを?


今日はダブルベッドで、眠れない夜を過ごすだろう。

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