友達のような彼氏は友達のままでいい
プーケットからの帰国のタイミングが光太郎と被ったので、その夜は一緒に夕食をとることにした。
彼はこの休みに一人で香港旅行をしていた。彼の友人が住んでいることもあり、年に一度は訪れている。圭子も大学生時代に二回、一緒に行ったことがあった。今回はその友人の妻が直前で熱を出したため会えなかったらしいが、現地のゲストハウスで知り合ったオーストリア人と親しくなり、一緒に観光したらしい。そのオーストリア人が女性だと聞いても、なにも思わなかった。一晩のアバンチュールとは無縁な性格はよく知っている。
(浮気でもしてくれれば、簡単に見切りをつけて別れられるのに)
そんなひどいことを時々本気で考える。
「圭子ちゃんは旅行、どうだったの?」
日本食が食べたいという理由で適当に入った定食屋は、味噌汁の味が薄すぎた。
「ん…楽しかったよ。ご飯美味しかったし」
「女の子三人じゃ、ナンパとかされたんじゃないの」
「まさか。二人とも既婚者だもん」
本当は、日本人の駐在員に声をかけられて飲んだ。三〇代前半の彼らは、メガバンクや大手商社に勤めていて、会社から家賃の出る広い部屋に住んでいた。最終的にはビールを買い込んで、部屋飲みをした。はるか下の方に夜景が見える部屋で、ダブルベッドとソファベッドがあり、5人程度は問題なく眠れそうな広さだった。さすがに抱かれはしなかったが、手は握られた。
一週間ぶりに会った光太郎の横顔を盗み見る。友達のような彼氏、は気づいたら完全に友人枠になっていたことに気づく。
シンガポールの夜、久しぶりに思い出したことがあった。抱かれてもいいかな、という緩やかな欲望だ。実際に抱かれることはなくても、「いい男」に出会うと身体が反応する。光太郎には感じたことがなかったが、遊び倒していた時期に知ってしまった。
光太郎には今まで、抱かれても嫌ではないといった感情を持っていたが、徐々にあまり抱かれたくない、に変わってしまっている。絶対いやというのではもちろんないが、これは由々しき問題だった。「恋愛と結婚は違うけど、やっぱり繋がってるんだよね」と言ったのは、不倫の上略奪婚をした加奈子だった気がする。自分の時間を相手に費やすこと、損得勘定ではなく相手に施すこと。恋でも愛でもいいが、それらがベースになければ結婚生活は成り立たない。
友達と、恋人は違う。それは知っている。でも、友達と結婚相手もやはり違うのかもしれない。去年の冬、光太郎と復縁するきっかけとなった数年ぶりの食事を思い出す。途切れない会話を心地よく思ったのは、久しぶりだったからに過ぎないのかもしれない。月に一回程度近況を報告するのが楽しい、友達。それが光太郎だったのかもしれない。魚喃キリコの「南瓜とマヨネーズ」でもそんなセリフがあった気がする。
母は昔、「毎日、夜ご飯を一緒に食べたいと思う人と結婚しなさい」と言った。
(誰とも、そんなことできないよ)
バイバイしてもすぐ会いたいと思ってしまう潤でさえ週一で十分なのだ。結婚なんて自分にはできないのかもしれない。自分がどうしようもなく欠けているんじゃないかと感じた。
「ごめん、光太郎。やっぱり疲れてるみたい。化粧水とかも切れてるし、今日は自分の家に帰るね」
結局その晩は、帰ってすぐに寝落ちしてしまった。
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