化粧が落ちないように泣く技術
ゴールデンウィークは、高校時代の仲良し三人組でシンガポールで過ごすことになった。前倒しで有休を取っている加奈子とは現地のホテルで集合し、美穂は出張先のシンガポールから一日遅れで合流する予定だ。女友達だけで旅行するのは、勤めてから初めてだったことに気づく。それぞれずっと彼氏がいて、連休はそちらが優先だった。すでに結婚している二人はますます予定が合いづらくなったが、圭子が既婚者になる前にと予定を空けてくれた。
羽田空港は、ずいぶん様変わりしていた。スカイデッキのある階には、伝統的な木組みの橋が設置され、飲食店は江戸の町を模した店構えになっていた。もう改装してから4、5年が経つという。随分来てなかったと思う。光太郎との旅行はモンゴルやラオスなどメジャーではない国が多く、毎回成田空港の第三ターミナルのLCC搭乗口まで走ったものだった。飛行機の離発着が見えるカフェで時間を潰そうと、持って来た文庫本を開く。
結婚。
ケッコン。
フライトのお供は5冊、すべて結婚や不倫の小説だ。BOOKOFFで百円均一から選んだが、明らかに選択が偏った。一冊読み終えると、妙に感情移入して泣いてしまった。空港のロビーで一人、恋愛小説を読みながら泣く女。痛いな、と他人事のように思う。実際は誰もそんなこと気にしてはいないのに。目をつぶって、下まつげにティッシュを当てる。アイラインで目の周りが汚れないようにするためだ。
化粧を落とさないように泣く技術が身についたのはいつからだろう。こうやって小器用に生きるコツばかり身につく。
愛する人と結婚するなんてありえないと、今でも思っている。誰かを好きでいる気持ちは、たいてい一年くらいで消えてしまうものだ。当時光太郎と別れたあと何人かの男と付き合ったが、最長一年二ヶ月だった。恋心がすっと覚めて、別れを切り出すのはいつも圭子の方だった。
実のところ、光太郎と四年間も続いた最大の理由は、圭子が光太郎に「恋」をしていなかったからだ。光太郎に告白されたとき、圭子は正直に伝えた。
「友達として好きだけど、恋愛として好きかはわからない。それでもいいなら付き合う」
そうして付き合って、その後別れた理由は単純で、「恋」をしたからだ。でもその「恋」した人と結婚するつもりはなかった。優しい人だったが、女たらしで浮気性だった。その後の男たちも似たり寄ったり。だからこそ、結婚は、結婚にふさわしい人とすればいい。ずっとそう信じてきた。光太郎は論理的で精神が安定していて、堅い仕事に就いていて、子供も嫌いではなく、地味で冴えなかった頃の圭子を知っていて、それなりに圭子のことを正しく理解している。
だけど。マリッジブルーなのだろうか。それで片付けていいのだろうか。リフレッシュになるはずの旅行で、自分が楽しめるかどうか不安になった。とにかくフライトの数時間で、メンタルを整える必要があった。
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