結婚しなくても幸せになれる時代だとゼクシィは言う

久しぶりに母と食事をした。


圭子は就職してから半年で一人暮らしを始めた。

実家は神奈川だからちょくちょく帰っているが、ここしばらくは転職活動や引越しがあったから2.3ヶ月ぶりだろう。


「婚約したから安心したけれど、また一波乱ありそうなのね」


今年で57になる母は、いつも小綺麗にしており実年齢より若く見える。

細い身体にベリーショートで、IT企業で働く現役キャリアウーマンだ。


「…うん」


こまめに近況を報告していたわけではないが、同棲があまりうまくいっていない、ということは事前に伝えていた。


「光太郎のこと、好きだけど恋愛じゃないって、今さら。わかってたけど、自覚したら触れられるのもしんどくて」


母は、髪をかきあげて苦笑いした。


「圭子があと10歳年を取ってたら−35.6歳だったら、きっとさっさと結婚したんでしょうね」


母が結婚したのは29歳。当時、「女の結婚はクリスマスケーキ」と言われた時代だ。つまり、25過ぎたら売れない、ということ。


「私も、あのとき正社員になっていればパパとは結婚してなかったもの」


元々、母は銀行の一般事務として働いていた。当時女性の総合職などおらず、結婚したら辞めるのが当たり前の時代だった。だが母は、結婚よりも大きな仕事がしたく、海外の大学院に進学しようとして、試験に落ちた。

父と母がお見合いで出会ったのは、その頃だ。周囲に大反対された進学に失敗し、誰も味方がいないとふさぎ込んでいた。


「結局、自分自身が単独で満ち足りていれば結婚したいとは思わないのかもね」


母の言葉を聞きながら、圭子はゼクシィのCMを思い出した。


−結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです。


結婚は、贅沢品になった。

それなりにリスクもある贅沢な行為だ。


まだ26。30になったら出会いはなくなり妥協しなければ結婚できないという論調もある。

でも、それが本当でも、いまを捨ててまで安定した将来を手に入れる必要性はわからない。

だつて、「結婚しなくても幸せになれるこの時代」なのだ。


「ね、圭子。結婚はいいものよ。

楽しいことも辛いことも、無条件で分かち合える人間がいるんだもの。

私は、結婚して子供を産んで、幸せ。

でもまだ、圭子にはそれが必要では無いのかもしれないね」


両親が仲睦まじいことは、子供の発育にとても良い影響を与える。

幸せな家庭で育った自分は、親をモデルケースにしてきた。婚約までしたのに、その先に進めない。


婚約したと知ると、友人や同僚たちは「これからが一番楽しい時期ね」と口をそろえて言う。

だけどプロポーズの夜に眠れなかったように、婚約してからはずっと心がわだかまっている。


「とりあえず3ヶ月は様子を見たら」という母の忠告を受け止め、すぐに何かするのは留まった。

家に帰ると、結婚式場のパンフレットは一度全て捨てた。

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